monologue de yoki-ta

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北部旅行~マランビル・W国立公園編~

旅が続きます。

今回は5泊6日と大がかりな国内旅行。
現職参加制度を利用して、協力隊に参加していた同期隊員3名が3月に帰国するため。

最後に同期隊員全員で旅行しておこうということになった。

と言っても、14人の大所帯のため全員が集まることはできず、うち2日間以外はそれぞれオプショングループ行動に。

私はまずマランビルというニジェールとの国境の町へ。
私の住むコトヌーから約760キロ。
バスだと約13時間の道のり。
この町まできれいなコンクリートの道が舗装されている。

乾季で日中の気温は高く、空気はかなり乾燥。
湿度が低すぎて、冷えた飲み物も水滴がつかない。
実際、汗はかいているはずなのに、服が湿らない。

日中は少し歩いただけですぐにのどが渇き、常に水分を欲している感じになる。
目や唇、肌もケアをしないとカサカサになる。
洗濯物は1時間もあれば乾いてしまう。

日が陰ってきた頃の日陰の温度で約45度。
シアバタークリーム(人肌の温度で溶けてなじむクリーム)を持ってきた隊員がいたが、マランビルに滞在している間は固形でなく、オイル状と化していた。

今まで体験したことのない気候。

そんなマランビルの町。
青い空
雲ひとつない青い空


トラックの列

舗装道路沿いに町が栄えていて、道路の先が国境に続いている。
そのため、ニジェールナンバー、ベナンナンバーの大型トラックが列をなす。


町の人たちも民族が違うため、顔つきも違う。
雰囲気もベナンというよりニジェールの雰囲気。
青空飲み屋さんではニジェールビールも扱っていた。
ニジェールでのどが渇きすぎて死にそうになった時、助けてくれた飲むヨーグルトも見かけた。

牛の放牧

ベナン南部では牛の放牧やロバはあまり見かけないが、ニジェールではよく見かけた。
マランビル周辺にくるとよく見かける。

色んな国籍、民族が入り混じっている町。

国境
国境

ゲートがあるのみで特になにもない。
ゲートの向こうはニジェール川をまたぐ橋となっている。

ニジェール川
ニジェール川から国境の橋

ロバで国境越え
これから国境越えます。

旧国境
今の国境の向かいに旧の国境 こんな閉鎖で大丈夫?

SIDAとはフランス語でエイズのこと。
国境周辺はHIVが蔓延しやすいと言われている。
啓発の看板が多かった。
さらに、夜の市場ではコンドームを販売する売り子さんも多かった。
エイズ1
エイズの危険のない旅行を

エイズ2
性の乱れは必ずエイズにつながります。

翌日はカリママ村にプル族という民族に会いに行く。
プル族はもともと遊牧民族で、家畜の草を求めて移動するらしい。
沢山のアクセサリーと色鮮やかな衣装を身にまとい、独特な雰囲気を醸し出している。
写真を撮ることは嫌がるので、道で出会った人は了承を得られなかった。

家
プル族の集落

プル族
家を見せてくれた家族


最後は、動物を見るためW国立公園へ。
W国立公園はニジェール、ブルキナファソ、ベナン3国にまたがる公園。
名前の由来は、公園内のニジェール川がWのように蛇行して流れているため。

うちニジェール国内の一部分が世界遺産に登録されているらしい。
敷地は広大で、実際色んな動物が生息しているとのこと。

が、しかし、レンタカーの運転手さんが遅刻したおかげで、動物を観測できる時間はあっけなく過ぎ去り、私たちは数えるほどの動物しか見ることができなかった・・・。
パーク内
パーク内はこんな道をずっと走る。

今回の旅はあまりにも暑すぎて、水分ばっかり飲んで夏バテ状態。
もちろん冷蔵庫で冷えた飲み物を飲める機会は少なく、体力的にきつかった・・・。
ハプニングは色々あったけど、ニジェールを思い出す旅でした。










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ゾボドメ・ボイコン

私と同じ時期にベナンへ派遣された隊員のいる、ゾボドメという村に行った。

同期隊員の彼女は学校の先生。
現職参加制度を利用して派遣されているため、私より3カ月早く帰国する。
帰国前、最後に任地を案内してもらった。

ゾボドメはコトヌーからタクシーで約3時間。
この村では、トマト、オクラ、玉ねぎなど限られた食材しか手に入らない。
タクシーで30分ほどのボイコンという町まで行けば、色んな野菜が手に入る。

彼女のベナンの友達が昼ご飯を作ってくれた。

昼ごはんでっせ~
鶏肉と玉ねぎ、赤と緑はトウガラシ

ベナンの人にとってはとても豪華な食事。
彼女と友達の共同出資とはいえ、おもてなしの気持ちが色んなところで伝わってきた。
ベナンの友達自身ももとは教養のある人達だと思うが、彼女が日頃から現地の人と上手に付き合い、信頼関係を築いてきたからこそのもてなし。

とても美味しく頂きました。
そして、本当に美味しかった。
ふるまってくれた人たち
向かって右側の女性が主に作ってくれました。
髪結い屋さんに行ってきたらしい。

日が少し陰ってきたころを見計らって、彼女の家から1時間ほど歩いたところにある河を見に行った。
村の集落を抜けると、畑や原っぱが続く。

こんな感じで祭っていました

ん?手前の物は何?

ブードゥ教?
伝統的宗教ブードゥ教の香りがする。
わけのわからないものが祭ってある。
誰もいないので写真を撮った。

ゾボドメの夕日
ゾボドメの夕日

1時間かけて到着した河は、底が見えるくらい水が澄んでいた。
でも、子どもたちが石鹸だらけの体で飛び込んで、遊んだりしていたから汚れていくのかなぁ。
写真は撮りませんでした。
すいません。

やっぱり田舎はいいなぁ。

翌日、ゾボドメからタクシーで30分のところにあるボイコンという町へ。
大きな市場があって、何でも手に入る。

大きなモスク
モスク2


モスクの前
モスク前はニジェール人もたくさんいて、売っているものも雰囲気も異国情緒あふれる感じ。


テレビに群がる人
何に群がってるの?と思ったらテレビだった。
たぶんセネガルの格闘技を見ていた。


アチャケ
お昼ごはんのアチャケ
イニヤムという芋の粉を湿らせてホロホロにしたもの。
クスクスの粒が大きい感じ。
油や塩、玉ねぎ、トウガラシ、マカロニ、揚げた魚などを混ぜて食べる。
くせがなくて美味しい。










ベンベレケ

私の住むコトヌから北へ約540キロ。
バスとタクシーを乗り継いで約10時間。
ベンベレケという村。

この小さな村に「ベンベレケ家政学校」がある。
その名の通り、女性が技術を身につけて自立するための学校。
日本で言うところの職業訓練校。

ベナンでは男性に比べて女性の地位が低い。
家が貧しく兄弟全員が教育を受けられない場合、優先されるのは男の子。
だから、昼間売り子さんや屋台で働くほとんどの人は女性。

ただ、教育を受けることができた女性は、社会的に高い地位に就くことはそれほど困難ではない気がする。
実際、公的な役職に就いている女性もよく目にする。
細かく聞けば、就職後も男女の差別があるかもしれないが、私が見ている限り女性は強い。

話しを戻して、この学校の存在価値は高いと思う。
その存在を知った時、学校を見学したいと思ったが、さらに興味を引いたのはその学校を運営しているスタッフに日本人がいるということ。

そこへ一人で訪れるのは少し緊張。
でも10時間の道のりは長かった。

長時間の移動に疲れ果てた私を、優しく出迎えてくれたみちこさん。
彼女がこの学校を運営するスタッフの一人。

私の周りに集まるたくさんの子どもたちと彼女の笑顔を見ると疲れはあっという間にどこかへ。

みちこさんは23年前、所属の修道会からシスターとしてベナンに派遣。
女性が自立するための技術学校を3人のシスターで創設した。
当時は洋裁のみで生徒4人から開始。

現在は洋裁に加え、髪結い、織物を学ぶことができ、果物シロップ、自家製クッキー、シアバター入り石鹸、薬用植物原料の軟膏類なども作成し販売している。
織った布も販売し、それをここで仕立てることも可能。
織り機
織り機部門

美容
髪結い部門

洋裁
洋裁部門


資金はイタリアの民間団体から得て運営しているとのこと。
しかし、年々援助が減り運営が厳しくなっているらしい。
5年前から新しく、小学校と幼稚園を併設(通学・通園式)し、現在は全部で400人がこの施設を利用している。
小学校
小学校校舎 5年前からの未完成部分があり・・・。

子どもたち
小学生たち

幼稚園教室
幼稚園の教室 まるで日本


家政学校の学生たちは敷地内の寮で暮らしている。

家政学校寮
学生の寮


体に障害がある人、強制結婚から逃れてきた人等この学校に通う経緯は様々。

学校の給食も彼女たちが作り、掃除、洗濯、調理、家畜の世話など日常生活に必要なことは全て身につけることができるシステム。
体に障害があれば、障害と共存し特技を生かした技術を見つけ、伸ばすことができるように援助している。

マクラメ編み
教室に造りかけが置いてあったマクラメ編み(太めのひもを編んで幾何学模様を作る)
誰のかなと思っていたら・・・

マクラメ編みの得意な女性
彼女の作品らしい。
部屋を見学している時偶然出会った。左手が不自由ながらも器用に編む。



この学校の決まりとして、畑で1人1つ好きな野菜を育てること。
畑には枯れている場所、育っている場所それぞれで、性格がよく表れている。

畑
みんなの畑

レタス
きれいに育ったレタス

家畜たち
家畜たち

台所
台所

寮の部屋
寮は一部屋に2段ベッドがたくさん と みちこさん

一人のスペース
これが一人のスペース


「お客さんが来ましたよ~。部屋を片付けるなら今のうちですよ。見に行ってもいい~?」
施設を案内する時に、みちこさんが生徒たちに声をかける。
その声を聞いて、女の子たちが嬉しそうにわっと集まってくる。
両親と離れて暮らす彼女たちにとっては、母親のような存在。


彼女は幼稚園、小学校、家政学校、規模が大きくても、気になる子どもたちはきちんと把握し、それぞれの変化をしっかりと捉えていた。
ベナン人のシスター達と彼らの変化を共有し、その成長を喜び合う姿が印象的だった。
彼女たちにとってそれが生きがいなのだ。

「最初ここに来た時、私の田舎と似てるなって思って気に入ったんですよ。」
と赴任当初を語ってくれた。
23年前と言えば、まだ道路も整備されていなかっただろう。
今でこそ足を延ばせば野菜を買えるが、この小さな村には食べ物も水も豊富になかったはず。
ベナンの習慣や価値観も分からない中で、施設を立ち上げることも大変な作業だったはず。

色んな苦労があってもやりたいことをやっているから、今の生活をとても楽しんでいる感じがした。


カシューナッツの木
敷地内には色んな草木花が育っていた。
そのうちのひとつ。
なんの木?

カシューナッツの実
カシューナッツでした。




北部旅行 ~ナティティングー~

ジュグーからさらに北へ移動。
タクシーで約1時間。

「ナティティングー」という町。
ベナンで最も標高が高いアタコラ山脈付近にあり、標高は440m。
山の斜面にも家や農地が広がっている、盆地の街。
ブルキナファソへの通過地点で、サファリが楽しめる北部国立公園への玄関口の役割も担っている。
ここには今年2月の同期旅行で来たことがあるので今回で2回目。

家の前
現地隊員宅の家の前から


前回訪れなかった「ブクンベ」という村に行くため。
ここには、ソンバ族という民族が、土でできた独特の形をした民家で暮している。

町から土道を走ること約40分。
車の窓を開けていると、土埃で髪の毛や肌が白くなってしまうほどほこりっぽかった。
偶然、利用したタクシーの運転手さんの実家とのことで気安く見せてもらうことができた。

タタソンバ1
現在も生活している家なので、見学の際に家主さんと交渉が必要。

2階建てになっていて、1階には台所や、収穫した雑穀などを処理する作業場となっている。
2階には寝室と、作物貯蔵庫、屋根なしの作物を干すスペースなどがある。

寝室1
寝室 天井は低く狭い。座るのがやっと。

寝室入口2
寝室への入口。体を横にして大人がやっとくぐれる大きさ。

乾し豆
2階のスペースにたくさん干していた豆

外にはブードゥの儀式用?の像
儀式用

偶然 近くの畑でお米の収穫が行われていたので、見せてもらうことに。
雑穀
背の高い雑穀畑を通り過ぎると

北海道1
まるでアフリカと思えない風景が


すすき2
すすきの大群

畑
田んぼ

稲刈り
稲刈りの人々

稲穂
稲穂

牛使いの子どもたち
稲を刈る大人たちの横で、牛の遊牧する子どもたち

豊かな自然と、さわやかな風音、美しい風景に懐かしい感情が蘇る。
まるで日本の秋。
アフリカで日本の秋を感じるとは、変な感覚だったけど、嬉しかった。

唐辛子の木
唐辛子畑  ベナンでは食事に唐辛子をよく使う。

バオバブバオバブの実
ちょうどバオバブの木に実がなっていた。実を使ったジュースが市販されている。


タタソンバ2
別のタタソンバ 一つ目とやや形が異なる
右上の蔵が貯蔵庫。この家はブードゥの宗教色が濃い家だった。

台所
台所

お米
ここはお米や、オクラが干してあった。

ナティティングーは、ジュグーよりも日中と朝晩の気温差が激しかった。
乾燥も激しい。
夜はとても寒く、寒さで目覚めた。
足は冷え切っていて、靴下をはいても温もらないほど。

ベナンに来て、冷え性知らずだったが、久しぶりに日本の冬の感覚を思い出す。

秋を感じたり、冬を感じたり。
アフリカにいながら貴重な体験だった。

ナチで食べた食事
豚肉
豚肉 炭焼きでなく窯焼きだったため、やわらかく美味だった。

アカサ
アカサ(トウモロコシの粉を発酵させて作ったもの) 少し酸味がある。
この豚肉と一緒に食べたり、トマトソースに合わせたり、何にでも合わせる。


ブクンベの子どもたち
ブクンベの子どもたち











北部旅行 ~ジュグー~

ハルマッタンの季節が来る前に、北部の景色を見ておこうと北部旅行。

今年2月に同期隊員とともに旅行したが、乾季まっただ中でほこりっぽく、とても暑い印象しかなかった。

朝6時前に家を出発。
今、コトヌは日の出が6時半過ぎだから、まだ暗い。
でも、真っ暗の中、野外食堂のおばちゃんたちやバイクタクシーのお兄さんやおじさんはいそいそと働いていた。
ベナン人の朝は早い。

コトヌからバスで北へ約7時間。
「ジュグー」という町。

本来なら7時間で行けるはずが、今回はバスの調子が悪く修理しながらだったため、10時間近くかかった。
しかも、冷房も壊れていた。

ハルマッタンが始まる前に、と思っていたのに3日ほど前から始まっていたらしく、5時間ほど走ったあたりから、遠くの景色がかすみはじめた。
と同時に、空気も乾燥していて目や肌が乾燥し始める。
乾燥していても、風は涼しい。

ジュグーは面積も広く、競技場もあるなど町自体はとても発展している。
競技場
競技場


ベナン国内でも特にイスラム教の人が多い町。
至る所にモスクが建っている。
自己紹介もイスラム名を聞かれる。

翌日の朝5時ごろから、近所のモスクの拡声器から流れる大音量のコーランで目覚める。
乾季に入り、日中は乾燥して暑いが、日が沈むと一気に気温が下がる。
長袖でちょうど良いくらい。
ただ暑いだけの2月とはまた違う気候。

ジュグー最大のモスクを見学。
守衛のおじさんに声をかけると、屋上へ上がらせてくれた。
ジュグーで一番大きいモスク
モスク正面

屋上
屋上

塔の中
塔の中
塔の中の工事は途中で終わっていて、上まで上がりきることができない。
せっかく素敵な建物なのに残念。

眺め1
屋上からの眺め

ハルマッタンの影響と朝もやも重なって、遠くの景色がかすみとても味のある風景。
屋上からは、町の入り組んだ路地裏まで見える。

はためく洗濯物、井戸端会議をしているおばあちゃんたち、イニヤムをつく女性、遊ぶ子ども達、ぼーっと座っているおじいちゃんなどなど、ベナン人がそれぞれに生活を営む自然な姿も垣間見える。

遠くから流れてくるコーランを聞きながら、人々の生活する姿と、音と、風景を眺めているととても落ち着いた気持ちになった。

上から見た人々
牛飼いさん


モスケ中
モスクの中

女性が手に職をつけるための機織り職業訓練所も見学
機織り工場

最近できたのか建物や機械も新しい
織り機は2種類
機織り1
太めの糸を使った織物 

機織り2
細い糸で洋服などに使用する布地を作成
出来上がった布地は加工したり、そのままの状態で販売もしていた。


イスラムの町のため、数十メートルおきにモスクがある。
一つ一つ形が違う。
きれいなモスクを撮ってみた。
モスク1

モスク3


モスク2
毎日雲ひとつない真っ青な空だった

石のモスケ 石の壁がきれいなモスク

正面以外はコンクリ でも正面だけだった。側面はコンクリむき出し。



ジュグーの子どもたち おしゃれで目の周りを黒く縁取りしている
子どもたち




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