monologue de yoki-ta

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最後のひとりごと

2010年6月21日にベナンを出国。

6月23日に日本に帰国した。

2年ぶりの日本は意外にもスッと馴染み、少しの新鮮味を感じる程度だった。

日本人からすれば、ベナンは遠く未知の存在。
ベナンで過ごしていた日々も、日本の日常に比べると、非現実的。
異なる言語や価値観、文化、環境、食事、黒人さんに囲まれて外国人としての毎日。
全てが貴重な体験だった。
限られた月日の中で貪欲に、あらゆることを吸収しようとした。

日本での日常に溶け込んできた今となっては、あの日々がとても遠くてウソのように感じる。
でも今もベナンへ行けば、あの環境が待っている。
なんとも不思議な感覚。

協力隊に参加前、保健師、看護師を集めた技術補完研修があった。
その中で「発展途上国は、経済が途上というだけで、国の歴史や文化が途上という意味ではない。」という言葉を聞いた。
私の中でそれはとても印象深かった。
ベナンにいる間、嫌な目にあっても、ベナン人やベナンという国を尊重する気持ちが常にあったのは、それが根底にあるからかなと思う。

私の活動は、大それた事ではなかったけれど、同僚たちを始め私が関わった人たち全てに「日本人」という記憶を残すことはできたと思う。
お金や物のやりとりだけで、顔が見えないと言われている日本の援助。
実際に顔を見ながら、言葉を交わし、心が通じれば、互いの心に「日本人」「ベナン人」の種を植え付けることができるのではないかと思う。
いつそれが花を咲かせるか分からないが、長い人生の中で特別な存在となる時がくるかもしれない。

私はボランティアでありながら「援助」をしようと考えたことはない。
私の活動が何かの役に立てばもうけものだなという思いで過ごしてきた。

むしろ同僚達を始め、ベナンの多くの人に支えられて過ごした2年間だった。
裏切られることもあったけど、それを上回る笑顔や思いやり、通りすがりの親切をいただいた。
彼らの支えや助けがなければ、無事に任期を全うする事は難しかっただろう。

そしていつも、日本が失いつつある人々の豊かな心に触れて、元気をもらっていた。
帰国後、益々その大切さを痛感している。

人間同士のコミュニケーションを大切にする「豊かな心」だけは失わないように。
今の日本の現状をベナン人に紹介することを想像すると、残念な気持ちになる。

このブログは、私の活動と言うよりもベナンという国のことを知ってもらいたくて開設した。
その裏には私が元気で活動していることを知らせるためでもあったけど。
ベナン人で教育を受けた人は、日本人の顔は知らなくても日本という国の名前、天皇の名前、歴史のことなどなど日本についての知識はある。
でも、日本人はベナンの存在すら知らない。
国民はベナンの存在を知らなくても、日本はベナンにも援助を行っている。

私目線になってしまうが、ブログをきっかけにこんな国があることを知り、興味をもってもらえればいいなと思う。

この経験をきっかけに、いつかアフリカへ戻ることが私の夢の一つとなった。

というわけで、このブログはこれにて終了。

読んでくださっていた皆さん、どうもありがとうございました。



日本から見守ってくれていた全ての人に感謝をこめて

yoki-ta

















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なんか違和感・・・

タバスキの前日。
タバスキの様子を見せてくれる大家さんへのお土産として、鶏1羽を買ってきてほしいと同期隊員から頼まれた。
任地の市場では、小ぶりな鶏ばかりでいまいちだったらしい。

はて。
私は今まで食用の生きた鶏をまだ購入したことがなかった。
私の任地は、スーパーがあるし、限られてはいるが冷凍の肉が買えるベナンで一番便利なところ。

市場も沢山あって、どこで買えばよいかも分からなかったので、同僚に聞いてみた。
親切なことに、偶然自分も市場に買い物に行くとのことで一緒に行ってくれた。

鶏売り場では、大きな檻のような囲いの中に沢山の鶏がいた。

オスとメスどちらがいいか。
大きさはどのくらいか。
絞めるか生きたままか。
羽はむしるか。

鶏を買うだけでも色んな選択肢があった。
大きめのオスを生きたまま買っていくことにした。
1羽2,500CFA(500円)
ベナンは市場で買い物をすると黒い買い物袋に入れるのが主流。
例外なく、鶏も両足を縛られて、生きたまま黒い買い物袋に入れてまるで野菜を買ったかのように普通に渡された。
ちょっとおもしろかった。

一旦帰宅し、玄関先に買い物袋の鶏を放置して出かける準備をする。
準備を終えて出てみると、嫌だったのか足を縛られているにも関わらず、袋から出ている。
ん~どうしよう。

鶏を触ったままの手で出発したくなかったので、家の警備員に頼んで袋に戻してもらう。
「コケッ コケッ」と大きな声で鳴きながら暴れる鶏を、手慣れた手つきで袋に入れてくれた。

袋を提げて歩く分にはじっとしている。
乗り込んだタクシーは助手席だった。
ベナンのタクシーは助手席に2人乗るのが普通。
私は真ん中で運転手とおばちゃんに挟まれた。
当然、ぎゅうぎゅう詰め。
自分の大きな荷物を膝の上に乗せて、私のお腹に鶏を乗せる。

すると足元がおぼつかないのか鶏が羽をばたつかせて暴れ始めた。
両隣のベナン人に迷惑がかかると焦る私とは裏腹に、隣のおばさんが男前にかつ手慣れた感じで鶏を落ち着かせてくれた。

どうも、鶏は暑かったらしい。
袋を開けて顔を出させて、通気性を良くしたほうがいいとのこと。

このばたつきで私が鶏を連れていると知った運転手は、ニヤッとして一言「鶏か。」と言った。

その後、鶏は何度か暴れたり、ぐったりしてみたり、きょろきょろ見回してみたり、よだれみたいなのを運転手の袖口に垂らしてみたり、色んな動作を繰り返しながらタクシーで約2時間の道のりを過ごした。

その都度、おばさんが押さえてくれ、私自身もコツをつかんできて鶏の様子を見ながら、最後には暴れても落ち着いて対処できる自分がいた。

隣のおばさんは2時間もの間、タクシーが停車する度に窓へ駆け寄ってくる売り子から、あらゆる食べ物を買い、私の鶏が半分おばさんの膝の上に乗り、顔を出そうが何しようが、気にすることなくずーっともぐもぐ食べていた。

後ろの乗客も「ヨボ(白人)が鶏を連れている。」と噂すらすることなく普通に乗っていた。

運転手も、一言「鶏か。」と発しただけであとは鶏が暴れようがよだれを垂らされようが無関心で、渋滞にいらいらしていた。

やがて、同期隊員の任地に到着し、私は彼女に「鶏買ってきたよ。」と袋に入った鶏を、まるで野菜を買ってきたかのように普通に渡した。
そして、彼女も「ありがとう。」と普通に受け取った。

もし、これが日本だったら。

生きた鶏を袋に入れて歩くだけで、色んな人から奇異な目で見られるだろう。
それを持ってタクシーに乗ろうとすれば、乗車拒否され、運転手にとって間違いなくその日の変な客ナンバーワンとして同僚や家族に語られるに違いない。
鶏が暴れても、袋の外に出ても誰も助けてくれないし、鶏を扱うコツも誰も知らない。

生きた鶏を提げて歩き、鶏と一緒にタクシーに乗り、暴れる鶏を落ち着かせている自分、それをまるで茶菓子でも買ってきたように、普通に手土産として受け渡ししている日本人の私たちが滑稽で面白かった。

鶏を連れた自分を奇異な目で見ているのは、日本人の自分。

ベナン人にとってこれは、よくある日常のひとこま。

何気ない顔でベナン人と同じように振舞ってみても、日本ではあり得ない出来事の連続を受容できるようになっても、いつも日本人としての自分が客観的にその様子を見ている。

その違和感は大事な気がする。

ベナン人の習慣に合わせて、行動しているもしくは行動できるようになった自分に、優越感を抱きつつも、そんな出来事が増えるほど、日本にいた頃の自分と距離を感じ、日本に戻って適応できるか不安に感じる時がある。
帰国が近づくほどそう感じる。

その国を理解し、受容することは大切だが、この国で生活するには日本人としての自分もしっかり持っていないと、流されて自堕落な生活になりかねない。

約1年半ベナンにいてもベナン人にとって日常の出来事が、私にとって初体験のことがまだ沢山ある。
ベナンに馴染む自分を楽しみながら、もっと色んな事を体験したい。

そんな生活もあと半年。

niwatori

遥々ベナンへ

夫が日本からベナンに来てくれた。

日本からフランスまで12時間。
フランスで一泊。
フランスからベナンまで6時間。

飛行時間だけでトータル18時間。

自分の荷物は着替えだけ。
8割は日本食やそれ以外の私や友人から頼まれたもの。
重かっただろうに。

片言の英語で、わけのわからないフランス語圏によく来たものだ。

会うのは1年4か月ぶり。
5泊6日の滞在。
といっても、初日はベナンに到着するのが19時過ぎのため、ほとんどないに等しい。

電話やスカイプで連絡を取っていたものの、ベナンへ来る実感が湧かなかった。
というか湧かないようにしていたのかもしれない。

あまり楽しみにしても、帰国する時の落ち込みが怖かったので、努めて期待せず考えないようにしていた。


夫婦なのに会う前は何となく緊張した。
でも、その緊張が一気に吹き飛ぶ出来事が起こった。

ベナンへ入国の際に、パスポートを人質に職員から賄賂を求められたのだ!
パスポートを渡してもらわなければ、前に進むことはできない。
結局、夫が私のために日本から持ってきた貴重な某有名キャラメル一袋が犠牲となった。

もちろん、相手はとても喜んでいたらしい。
そうでしょうとも!
袋からキャラメルに至るまで、日本の精密かつ丁寧な技術で作られたものですもの。

そんな細やかさまで感じることなく、そして、ベナンにいる私がそれを待ちわびてきた気持ちも知らず、彼らはあっけなく口に放り込むことを考えると、憤りは尽きない・・・。

いつぞやの憤りがふつふつと蘇った。(任国外旅行ガボン参照)

キャラメルのことは別としても、ベナンという国の入り口で、こんなことが平然と行われていることは本当に残念。

それでどれだけ国の印象が変わることか・・・。


そんなこんなで、空港から出てきたときにはほっと一安心だった。

しかし、残念なことに夫のベナンに対する印象は最悪だったようだ。

そんなマイナスから始まったベナン滞在。
でも、それ以降は大きな事件もなく穏やかに過ごすことができた。

遠出をすることはなかったが、私を取り巻く人々に会ってもらい、私の住む環境を知ってもらって良かったと思う。

結局、最後まで夫と一緒にベナンへいることの実感が湧かないままだった。
いつも一人でいる家に、夫がいることがとても不思議だった。

でも、気がつけば私は、ベナンの家に住む準備をするとき、夫用のサンダルと2人分の食器を無意識に準備していた。
今思えば、たった5泊のためにと自分でもおかしくなる。

私の職場の同僚達は、夫のためにフルーツや飲み物を準備して歓迎してくれた。
何か月も前から「いつ来るのか?」と楽しみにしてくれていたのだ。

夫が来たことで、色んな人の優しさに改めて触れることができて良かったと思う。

今まで、日本に帰りたいと思ったことは一度もなかった。
私は、家族が理解を示してくれたおかげで、貴重な2年間をベナンで過ごす機会を得ることができた。
だからその分、大事に過ごそうと思って生活してきた。


夫が来なければ、その勢いで過ごしていたはずだった。

でも夫が来て以来、どうも里心が付いてしまったらしく、初めて帰りたいと思った。
今まで安定していた部分の気持ちが、揺さぶられたようだ。
予想していたものの、現実にそうなると自分でも戸惑った。

でも、家族が来るとそうなるものらしい。
私の反応は正常のようだ。

今は自分の気持ちをコントロールしようと、もがいている。
それも、私にとっては必要だったことで、夫が来たから感じることができたこと。

日本で色んなものを買いに走ってくれた家族や友人たちに感謝。
遥々ベナンへ来てくれたこと、たくさんの日本からの荷物を抱えてきてくれた夫に感謝。
今もなお、私の行動に理解を示し、見守ってくれていることも、もちろん感謝。

たくさんの感謝をみんなに捧げて、あと8カ月後には元気で帰国できるように頑張ります。




結婚記念日

早くもベナンに来て2回目の結婚記念日。

色んな思いが重なって、私にとってこの日は感慨深い。
結婚して6年目に突入。

実感がないまま、5年が過ぎた。
私は変わっていないつもりだけど、部屋に貼ってある結婚式の写真を見ると、2人とも年をとってきたかなぁとちょっと思う。
内面は分からないけど。

5年前、キリスト教ではないものの、牧師さんを前に誓ったあの言葉。

「あなたは(略)、神の教えに従って、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の日の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを誓いますか?」

当時はただのフレーズとしてしか受け止めていなかったけど、今はその言葉の重み、深さを少し実感。
夫婦としての在り方が、短い文章に上手く網羅されていると思う。
ただ、残念なことに今の私は妻としての分を果たしていない・・・。

あの頃は、今のような未来を予想していなかったけど、良いこと悪いこと含めて人生何が起こるか分からないところが醍醐味。

それでも私たちなりの今があることを幸せに思う。

今の私のベナン生活は、家族の理解があって支えられている。
改めて夫をはじめ、家族に感謝。
来年は日本で妻としての分を果たしつつ、平凡な毎日の繰り返しの中で迎えたい。



祝!ブログ1歳

早いもので、このブログを開設して1年が経過しました。
みなさんにお知らせしたのは、もう少し後でしたが・・・。

もう来年の今頃は私も日本です。
そう考えると、時が経つのは本当に早く感じます。

とりあえず、ベナン生活が無事に終了するまで、ぼちぼち続けるつもりです。

時間があるときにでも、ちょこっと覗いてみてください。

ちなみに、昨年6月に来て以来、一度も切っていなかった髪をばっさり切りました。
ベナンに来る時、ボブだった頭は胸近くまでのロングヘアとなっていました。
1年3か月でかなり伸びますね。

ちなみに隊員に切ってもらいました。
看護師さんだけど、結構上手でした。

切ってみて、乾きも早いしとてもすっきり。
でも、今まで気にならなかった髪の毛の量の多さやくせが目立つようになりました。

やっぱり日本の美容師さんの技術ってすごいんだと改めて思った次第です。

これをブログに載せるのはどうかなと思いつつ、記念なので。
嫌な気持ちになったらごめんなさい。
ベナン人が欲しがるストレート。

断髪式?
断髪式?

これからもよろしく。

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