monologue de yoki-ta

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ニジェール任国外旅行 6日目

朝、早めに起きて周囲を散歩。

オムレツ屋さん
オムレツパン屋さん ガスを使用していた

オムレツ美味しい
オムレツパン買いに来たよ~

野外食堂
朝食屋のおばさん

途中でオムレツサンドを食べていると、同期隊員が職場に連れて行ってくれた。

幼稚園教諭の隊員の配属先は保育所。
今はバカンス中のため子どもは来ないらしい。

保育所には警備員一家が住んでいて、その子どもたちがたくさんいた。
みんな素直でいい笑顔。
無邪気な子どもたちとどしんと構えたお母さん、それを見守るお父さんやおじいさん、おばあさん、親戚の人。

みんなの温かさに癒される。

朝食の準備
しっかりお母さん 朝食の準備

朝ごはん1 朝食2
トウモロコシの粉をとかしたもの ショウガが効いていた
モリンガのソース

ご飯美味しい
朝ごはん 美味しかったぁ!


子ども社会
兄弟・親戚で子ども社会が作られる


洗濯物
洗濯物干し うまく作ってある




お土産に「キリシ」というビーフジャーキーを購入しに行く。
羊の干し肉。
臭みがなく、塩味がきいて美味しい。
ノーマル、トウガラシ、生姜と3種類あった。

乾燥しているニジェールだからこそ。
湿度の高いベナンには存在しない。

キリシ
キリシ貯蔵庫

キリシを売るお兄さんが言った。「ベナンは良くないよ。だってキリシがないから。」
キリシに人生をかけているお兄さんからすればそうだろうなと思ったが、表現がかわいくて笑ってしまった。

15時のフライトのため13時に空港へ。
どうやら飛行機は飛ぶらしい。
ほっと一安心。
プロペラ機のためとても小さいが、乗客も少なくがらがらだった。

さよならニジェール。
隣の国なのに、宗教も違えば、文化も全く違う国。
たくさんの感動をありがとう。
ここでも同期隊員のおかげで、充実した日々を過ごすことができた。

色んなアフリカを見ることができて、本当に幸運だった。

ベナンもまだまだいいところはいっぱいある。
どの国も奥深い。

ブルキナ・ニジェールまたいつか来れるといいなぁ。

旅行に誘ってくれた同期隊員、お世話になった隊員の皆さん ほんとにありがと~。

荷物を運びます

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ニジェール任国外旅行 5日目

本日ニジェールを出発。
朝からしとしと雨。
10時半フライトのため、8時半に空港へ。
同期ニジェール隊員が全員、空港まで見送りに来てくれた。

ニアメー空港は空港の入口で荷物検査をされ、搭乗する人しか入れない仕組みになっている。

入口についた途端スタッフが「今日は飛行機飛ばないよ。」とあっさり。

「やっぱりきたか。」と覚悟していた不安が的中。

飛行機・空港関係のトラブルによく見まわれたためか、この事態をあっさり受け入れている自分にびっくりする。

翌日の同じ時間に飛ぶとのこと。
私たちが乗る予定の飛行機は、国内線に変わってしまったらしい。

本当に翌日飛ぶのだろうかと思いつつ、雨が落ち着いてから戻ろうとロビーで雨宿り。

少し経ってまたスタッフが来た。
なんと翌日のフライトは15時発に変更になったとのこと。
ARIK AIR というこの会社、土日は営業していないためナイジェリア本社から変更の日程が伝わってくるのは、月曜の朝になるらしい。

私たちの出発はちょうど月曜日に当たっていた。
そのため、現地スタッフも月曜の朝に情報を入手後、乗客に電話連絡するらしい。
ベナン国内でしか使えない携帯番号を伝えていた私たちは、その連絡を受けることはなかっただろう。

それにしても、私たちが雨宿りをしていなければ2度目の時間変更は聞けなかった。
なぜ、そんな短時間に時間変更があり得るのか?

日本では考えられない事態の発生は、自分の中で常識になってきた。

本当に翌日飛行機は飛ぶのか?
と疑心暗鬼になりながら、思いがけない追加滞在に喜びを感じる自分がいた。

雨が止んで見送りに来てくれた同期隊員達と再び戻る。
乾季には干ばつが続くニジェールでも、雨季にはしとしと雨もあるんだ。
これは恵みの雨なんだろなと思った矢先。

タクシーからの眺めは、大洪水の道路だった。
今にも車内に水がしみ込みそうな勢い。
雨のあと


八百屋
宿泊先近くの八百屋 
ニアメは種類豊富だが、地方では乾季は玉ねぎのみの所もあるとのこと。


国民投票
8月4日の国民投票の掲示板  昨日よりより良い明日のために


夕方、大きな市場に。
マルシェ


夜、現地隊員が購入した水煙草を体験。
人生初タバコ。
グレープ味らしいがよく分からなかった。

実はひそかに鼻からフーっと煙を吐き出すことに憧れていた。
暗闇で自分の鼻からもくもく出る煙を見て満足。

ハリネズミ
自然のハリネズミ この出会いは珍しいらしい

飛行機が遅れたおかげで色々体験できた。

ニジェール任国外旅行 4日目

1日ニジェールツアー。
同期隊員がレンタカーを手配してくれて、色んなところを回る。

*グラン・モスケ(大きなモスク)

モスケ

モスケ中2 モスケの中

モスケ壁 

さすがイスラム教の国。
とても細かな彫刻が広いスペースに施されている。
アフリカらしくないと思ったら、建築資材や技術はモロッコから運んでいる様子。

じゅうたん
じゅうたんもモスケ柄

ニアメここまで
ニアメーへまたのお越しを


*キリンツアー
ニアメーから車で約1時間半ほどのところにキリンを見る場所が。
入場料を支払い、ガイドさんを助手席にツアーに出発。

キリンが通ります
キリンが通りますよ~

舗装道路を脇に逸れガイドさんの言うままに、数分車を走らせるとすぐにキリンの群れが・・・。
そして、距離が近い!
こんなに簡単に見ることができるなんてと感動。

きりん親子
キリンの親子

キリン正面
キリンのお顔

大きな音を立てると逃げてしまう。
当たり前だが、足と首の長さにびっくりする。
縞模様が美しい。

現地の子ども
キリンとともに生活?現地の子供たち

昼からニアメ中心街から車で約45分のバングトワレ村。
そこの隊員宅と周辺を見学させてもらった。
電気も水道も通っていない村。
ここもニアメー。
隊員は現地人と同じ土壁の家に現地人の集落に住んでいる。
帰国間近の彼女は、この集落にうまく溶け込んでいた。

私の中での協力隊のイメージはこんな感じだった。

自分だったらやっていけるのかどうかと疑問に感じる反面、うらやましかった。
時間があれば宿泊して、電気・水道のない生活がどんな感じなのか体験してみたかった。

住民の家
住居

トイレ
外にある穴だけのトイレ

水汲み
水道がないため水汲み

粉ひき
粉挽き待ち

貯蔵庫
穀物貯蔵庫

牛の大群
牛の大群

近所の人が私たちのために昼食を作ってくれていた。

ご飯

お米にトマトベースのソースをかけたもの。
奮発してお肉も入れてくれていた。
イベント事など特別な時に作るメニューらしい。
私たちを歓迎してくれている気持ちも食事から伝わって、美味しさは倍増。
これも彼女がこの地域で信頼を得ているからこそ。

ラジオ少年
ラジオ少年

村からニアメ市街に向かう途中、カレゴロ砂丘へ。

プチ砂漠だが、鳥取砂丘しか行ったことがなかった私にとって、この砂漠はとても感動した。

夕日に包まれる砂漠と、高台から眺める360度の広大なパノラマ。
牛の群れも歩いて来る。
1日中眺めていたいと思える、言葉では表現できない美しさだった。

砂漠1

砂漠っ子
現地っ子も砂漠で

同期隊員・現地隊員のおかげで貴重な経験ができた1日だ。
本当にありがとう!!

20-1
20年1次隊 を人文字で

ニジェール任国外旅行 3日目

この日、ニジェールにJICAが入って25周年を記念して大規模な日本文化紹介が行われた。
見学がてら参加させてもらった。

25年前のニジェールはどんなだったのかな。
今よりも物が少なく、日本人に対して免疫がない中、頑張ってきたんだろうなと思う。
年数の長さと重みに、ニジェール隊員でない私も感慨深い気持ちになった。
隊員の活動も何代かに引き継がれ、形となったものも多いだろう。

ベナンはまだ今年4年目。
まだまだこれから。

朝からチンドン屋風に国歌を演奏しながら、市場周辺を練り歩く。

国旗

文化紹介では隊員の活動紹介、浴衣の着付け、オセロや糸電話などの日本の遊び、日本食、習字などなど色んなブースがあった。
私はお抹茶のブースに。

お抹茶
ん~ まずい~ もう一杯!

子どもから大人までみんな意外に飲んでくれるが「砂糖を入れなさい。」と甘くないことを指摘する人も多く、反応が面白い。

習字
名前を書く

オセロ
オセロ

男の子の浴衣
男の子だよ


炊き込みごはん
炊き込みごはんもらったよ~


夜はニジェール川を望む野外飲み屋で食事。
ニジェール川の夕日は有名。
でも少し曇っていて見ることが出来なかった。

あまりの美しさにボーっと見とれてしまった。
雄大で時間がゆっくりと流れる感覚に陥ってしまう。
海のない内陸での貴重な河。
ヤギや羊、人間が河べりに佇む姿を見て、ニジェール人の生活に欠かせない存在なんだなと感じた。

ニジェール川


帰ると警備員さんが洗濯物を渡してくれた。
汚れがきれいに落ちて、丁寧に畳んでくれている。
たくさん太陽を浴びたいい匂い。
長年自分が洗濯をする立場だったため、母親に洗濯をしてもらったようでとても嬉しい。

ニジェール任国外旅行 2日目

同期隊員の案内でニアメー市内観光
B級グルメのようなちょっとした食べ物を色々紹介してくれた。
中心地にある博物館も見学。

ニアメー
ニアメ市内


たこ焼き
たこ焼き器?


主には動物園。
動物も様々な種類がいて、飼育もきちんとされている。
動物のおりの周りには厳重に柵が施してある。

ベナンにはこれほど整備された動物園は存在しない。
料金も安く、現地人の親子連れも多かった。
ミュゼにて 高く長い滑り台 でも写真はダメ!と注意された・・・。


昼ごはん
美味しい昼食。

昼過ぎからとても日差しが強く、ベナンの乾季で一番暑い時期より暑い気がした。
ニジェール隊員曰く、雨季にしてはかなり暑い日だったらしい。

夕方、隊員宅でまったりしていると、警備員がお茶の差し入れ。
ニジェールではよく飲まれるお茶らしい。
中国茶と呼んでいた。
味は渋いくらいの非常に濃い緑茶に砂糖を沢山いれた感じ。
やや焦げたような香りもする。
とても甘いがくせになりそうな感じがした。

優しい警備員さん
警備員さんと知り合いの子ども


急に曇って土砂降りの雨。
乾いた大地に一気に水が溜まる。
でも、雨がやむとすぐに砂にしみ込み水がなくなっていた。
恐るべし乾燥。

ニアメー民家
隊員宅近所の民家(ニアメー)


夜は同期隊員と共に色んなサンドウィッチを堪能。

ニジェールで会う約束をしていたカメルーン隊が、航空会社のストライキで飛行機が運航されないため、来れなくなったとのこと。
そのための旅行でもあったため、衝撃が走る。
残念。
いつ会えるのかなぁ。

ニジェール任国外旅行 1日目

~ニジェール・プロフィール~

 国名:ニジェール共和国
 首都:ニアメー

 西アフリカに位置する。
 アルジェリア・マリ・ブルキナファソ・ベナン・ナイジェリア・チャド・リビアと隣接。

 面積:1,267,000平方km
 人口:15,290,000人

 略史:フランスが20世紀までに全土を領有
     1960年8月3日 共和国として独立
     1996年1月 軍事政権樹立のためクーデター
     1999年4月 再びクーデター
     2009年8月4日 新憲法制定に関する国民投票
     新憲法が採択されれば半大統領制から完全大統領制へ移行される

 地理:国土の3分の2が砂漠 6月から10月が雨季で多湿
 経済:農業・畜産・鉱業(ウラン)が主産業。 世界最貧国の一つ。

公用語:フランス語だがハウサ語、ザルマ語など民族語が主流
 宗教:イスラム教80%

*1日目

ニアメーは首都だがとても面積が大きい。
大きな市場や官公庁が立ち並ぶ発展した場所から、電気・水道も通っていない田舎まで。
そして、道も広い。
大通りから少し脇にそれると、アスファルトから砂道になる。

至る所にモスケがあり、定時になればコーランが鳴り響く。
頭から首にかけて布をぐるぐる巻きにした民族もいる。
首都の道端を大きな牛の大群や、羊・山羊が歩いている。

首都でもアフリカを十分感じることができる。
雨季だけど、ブルキナよりさらに暑い。

ここでもタクシー移動が主流。
運転手が何も言わなければ一律料金らしく、交渉は必要ない。

一応公用語はフランス語となっているが、現地語が主流。
隊員もフランス語より現地語でコミュニケーション。

ベナンは挨拶程度の現地語でかなり大喜びするが、ニジェールはむしろ現地語が話せて当然という態度で話をしてくる。

フランス語がうまく話せない人も多い気がした。
首都のニアメーでそうだから、地方ではフランス語を話せない人はもっと多いはず。

現地隊員は半年に1回の総会の日に当たっていたため、自分たちだけでコロという村へ。
大きな市場の中のタクシー乗り場からタクシー・ド・ブルースと呼ばれるワゴンタクシーで約1時間。

町はすぐに通り抜け、自然の景色が続く。
高い木がないため、地平線が見える。
これこそ、想像していたアフリカ。
窓からの景色

空の青と赤茶色の大地、新緑の草木、土壁の家々。
壮大な景色に吸い込まれて、あっという間の一時間。

村を散策して、村人の家を見せてもらう。
歩くだけで子どもたちがついてくる。

民家
土壁の民家

水田
至る所に水田が広がる

子どもたち

人々も快く写真を撮らせてくれる。
子どもたちの笑顔が本当にかわいい。
でも、甘いお菓子が普及しているせいか、歯が汚れている子が多いことが気になった。

モリンガ
モリンガという木の葉を処理 食事に混ぜて食べる


住民
おばあさんがおばあさんの髪の毛を編んでいた だから顔は膝の上

牛  ヤギ?
家畜たち



暑さで喉がからからになる。
ベナンに比べて気温は高く、湿度は低い。

でも、ここは村人の家しかなく水を売っている店はない。
アスファルトの道に出て、村の町まで一本道をひたすら歩く。

いつオアシスが見えてくるのか。
見知らぬ土地で少し弱気になる。
のどの渇きはピークをとっくに超えて、歩き通しの足の疲れさえも感じないくらいだった。

親子


途中、小さな店を発見。
飲むヨーグルトを購入。
水にはかなわないものの、よく冷えていて一瞬だけのどが潤う。
少し生き返る。
どれくらい歩いたかようやく店に辿り着き、水を購入。
「水は常に持っていること!」現地隊員の言葉が頭の中を何度もこだました。

命の水
パイナップル味の炭酸と飲むヨーグルト


夜は、隊員宅の警備員がご飯を分けてくれた。
ニジェールでは隊員宅の敷地内に警備員が住んでいる。
特にトランシーバーや警棒を持っているわけでもない。
警備というか門番のような感じ。

警備員の家
警備員のかわいい家

ベナンでは警備会社から派遣され、交代で勤務している。
日本のような感じ。
ニジェールは個人である。
人柄も良さそうで、信頼関係が築けている感じがした。

夜ごはん
豆と炊いたご飯に唐辛子の粉がかかっている
食べる前に植物油をすこしかけて食べるのがお勧めらしい。

ブルキナファソ任国外旅行3日目

朝、直接エール・ブルキナへ確認し、時間どおり飛行機はあることが判明。
予定通りでほっと一安心。
ネットに載っていなかったことがよく分からないが。

午後のフライトのため、午前中はお土産探し。
この国はお土産屋さんが充実している。
フランス人がこの国の資源や技術を利用し、うまくアレンジしている。
そのため、良い値段だが物もそれだけの価値がある。

ベナンももっとこんなお土産屋さんが増えれば、経済効果も出るのではと思う。

短い滞在期間中に思いがけず地方を見ることができて嬉しかった。

たった2泊3日ではあったが、ブルキナ人の温かさに触れ、首都と地方両方を堪能できた。これも、同期隊員をはじめ、現地隊員のおかげ。
彼女たちと再会できたことも嬉しかった。

きれいなタクシー
ブルキナの国旗とタクシー車内

もっと滞在したかったと後ろ髪をひかれつつ、ニジェールへ。

17時ブルキナ発のため、15時に空港へ。

手続きを済ませて、ロビーで待っていると放送が流れる。
どうも搭乗予定の便が遅れるらしい。

嫌な予感がする。
1~2時間の遅れかな思っていたが、結局23時頃出発。
約6時間の遅れであった。

私たちが搭乗予定の飛行機が故障し、17時頃にブルキナからベナンへ飛び立った飛行機が、再びブルキナに戻り、ニジェールへ飛ぶことになった様子。
待っている間、お詫びとしてワンドリンクのサービス。

途中詳しい経過説明もなく、いつまで待つのか先の見えない状況の中、ワンドリンクは少なすぎる!
スタッフの対応も自分は関係ないオーラが出ていて横柄な態度。

やはり「お客様第一。」を心がけている日本はすごいなと思う。
文句も言わず、じっと待っている乗客もえらいなと思う。
この対応なら、日本では非難ごうごうのはず。

空腹だったが、フライト時間は約1時間足らずのため機内食はドリンクとナッツのみ。
ひもじかった・・・。

ニジェール隊員が私たちのために、空港まで迎えに来てくれていた様子だったが、先の見えない遅れのため帰ってもらっていた。

ニジェールの空港は深夜で閑散としていた。
タクシーで同期隊員宅へ。
遅くなったにも関わらず、彼女たちは食べ物を用意して明るく出迎えてくれた。

とてもありがたいもてなしだった。
彼女たちの笑顔を見たら、緊張の糸がほぐれてほっとした。

ブルキナファソ任国外旅行 2日目

~2日目~

*カヤ

同期隊員が自分の任地に連れて行ってくれた。
首都から小さなバスで約2時間。

人々は自転車やバイクとともに移動するため、バスの天井に自転車などを積むのが主流。
明らかに重量オーバーではと心配するが、問題はなさそうだ。
カヤ行きバス
自転車のみならず・・・

首都を過ぎると、自然の景色が続く。
山がなく木が茂っているというよりはぽつんぽつんと生えている感じ。
ベナンと異なる植生。
畑もよく見かけた。
民家
民家

雨季のため新緑が映えて赤土との色合いがとても美しい。
途中から山が見えてくる。
急に曇ってきて雨も降り出す。
どの景色も味がある。
雨
急いでカバー

途中、子どもをおぶった女性が乗車してきた。
子どもを重そうに下ろしながら私の隣に座る。

疲れている感じがしたため、母の代わりに子どもを抱かせてもらった。
子どもは私に気付くことなく、眠っている。

子どもの安らかな寝顔と居眠りする母、美しい風景に癒される。
静かで素朴なひと時。
眠る子ども
ブルーのおくるみはブルキナファソの伝統的布のひとつ

カヤは地方だが、市場や店なども充実している印象。
革製品が有名らしい。

カヤの町
カヤの町並み

伝統宗教
こんな皮も

道端では、ロバが荷物を引く姿をよく見かけた。
ベナンではロバの姿は見ない。

自転車で移動する人々。
人懐っこい子どもたち。
ブルキナファソ人はとても親切で好印象。

カヤ
のどかな風景

義肢装具士として活動している隊員の配属先を見学させてもらった。
苦労はもちろんあるだろうが、自分の技術を100%活かすことのできる活動はいいなぁと羨ましく思ってしまう。

義肢作成
現地人が義肢作成

リハビリ施設
隣にはリハビリ施設 結構器具が充実していた。
多くの人が利用中だった。


昼ごはん
ご飯とスープアラシッド
ご飯とソースアラシッド(ピーナッツソース)
ベナンにも同じソースはあるもののご飯にかける習慣はない。
イニヤムという芋を潰してお餅のようにしたものにつけて食べるのが定番。
味もやや違った。

鶏スープ
鶏スープ ベナンにはないメニュー
鶏のだしが効いていた。

リオグラ
リオグラ(トマトソースの炊き込みごはん)
同じ名前のものはベナンにあるが、味と見た目が異なる。



ブルキナファソ最後の夜。

楽しい食事を終え、念のために飛行機の時間が変更していないか、ネットで確かめておこうと確認。

・・・搭乗予定の便だけがなぜかネット上に載っていなかった。
既に出発した便と2日後の便しかない。

もしかすると便が変更になり、2日後にしか出発しないのかも・・・。
充分あり得る事態。
そうなると、ブルキナでもニジェールでも旅程が大幅に狂ってしまう。
カメルーン隊とも過ごす時間が短くなる。
現地隊員にも迷惑をかける・・・。

いっそのこと禁止されている陸路でニジェールまで行ってしまおうか。
ブルキナとニジェール隊員は陸路でもOKだし・・・。

エール・ブルキナも終了している時間帯のため、電話で問い合わせることもできない。

色んな不安がよぎり、新たな期待が膨らむ。

ブルキナファソ任国外旅行 1日目

ガボン旅行から10日後。

残りの任国外旅行期間をブルキナファソ2泊3日、ニジェール5泊6日と続けて旅行。
きっかけは同じく「同期隊員と会いませんか?」と声を掛けてもらったから。
誘ってくれる人がいることは本当にありがたい。

ニジェールでカメルーン隊員と合流し、1年ぶりの再会を果たす予定。
ベナンからカメルーンには行けないし、その反対もできない。
でもお互いニジェールには行ける。

ベナンからニジェールへは直行便も出たばかりだったが、それまではブルキナファソを経由してニジェールへ飛ぶ便が主流だった。
せっかくなのでブルキナファソも行ってみようとこの旅程に。
今回の旅行も楽しく過ごせますように。


~ブルキナファソ・プロフィール~

 国名: ブルキナファソ

 西アフリカに位置する。
 北にマリ、東にニジェール、南東にベナン・トーゴ 南にガーナ 
南西にコートジボアールの国境と接している。

 首都: ワガドゥグ
 面積: 27万4200平方km
 人口: 15,757,000人

 略史: 1896年ワガドゥグにあったモシ王国がフランスの保護領となる
     1960年8月5日フランスより独立 国名オートボルタ共和国
     1984年8月 ブルキナファソに国名変更

  経済: 農業国 粟、トウモロコシの生産量が全世界でも多い。
公用語: フランス語
宗教: 現地固有の宗教が60%以上 イスラム30% キリスト教10%

切ない顔のロバ
荷物運びのロバ 顔が切ない

~1日目~

今回は13時50分発のため、2時間前に空港へ。

コトヌ空港でチェックインの際。
手続きをするスタッフの顔が曇る。
私たちには「大丈夫。」と言いながらも他のスタッフに質問したりと、スムーズに流れない雰囲気。
予約してあったにも関わらず、乗客リストに私たちの名前が入ってなかった様子。
結局最後は手書きで名前を加えていた。

どういう現象かよく分からないが、とりあえず飛行機には乗れる様子。
時間がかかったものの、通過できたので一安心。

出国の際にさっそく憲兵隊から賄賂目当ての声をかけられる。
悪質度 レベル2 何かもらえればラッキー程度

定刻通り出国。
ブルキナファソまで1時間半。 
急いで機内食が出てきた。
食べ終わると到着。
ブルキナファソはベナンと1時間の時差があるため、現地時間で14時過ぎに着いた。

空からブルキナ


*首都 ワガドゥグ

空港はとても小さく、建物も古い。
工事中も重なって少しさびれた感じに見えた。
空港正面
空港正面 工事中

気候はベナンと同じく雨季。
でも明らかに気温は高い。
ベナンは現在27度程度の涼しさのため、とても暑く感じた。
でも、現地隊員曰く「だいぶ涼しくなった。」らしい。
これで涼しいと言うなら、ピークに暑い時期は本当に過酷だろうなと思う。

同期隊員の案内で周辺の市場とスーパーを散策。
市場
海はないが、魚がたくさん売っていた


隣国ということもあってか市場の品物はベナンと大差ない。
通貨が同じなため、買物はしやすい。

ペットボトル水
ブルキナ オリジナルウォーター

袋の水
ベナンより高級な袋入り水 味なし50cfa(ベナンは25cfa) 味あり100cfa

ビール達
オリジナルビール達 ソベブラとブラキナ 

ブルキナファソはタクシー移動が主流のため、バイクタクシーは少ない。
でも、個人的にバイクに乗っている人の姿はよく見かける。

近場の移動手段としては自転車。
地方へ行っても至る所で自転車を使用している人を見かけた。
ベナンにはほとんど普及していない。
ときどき見かける程度。

となりの国でもこんなに違う。

そのためか首都でも静かでのんびりとした印象。

夕飯は現地隊員と一緒に韓国料理へ。
ガボンにはなかったメニューもあって、美味しくいただく。

ガボン任国外旅行~帰国編~

ガボン隊員との別れを惜しみつつ、楽しかったガボン旅行の余韻に浸りながら帰路に就いた私たち。
久しぶりに帰国した懐かしのベナンで待っていたものは、度重なる災難だった・・・。

*ハプニング1
ベナン入国の際に白衣を身にまとった医療者らしい人がイエローカードを確認する。

全ての始まりはここからだった。
パスポートを見せているにも関わらず、彼は「チンチン。」と中国人を小馬鹿にしたような言い方で声を掛けてくる。

公的な機関で、知識もあるはずなのにと少しムッとする。
さらに、イエローカードの様式が国際的なものではないと難癖をつけ始めた。
既に、ベナンに入国しベナンの身分証明書も持っていると見せるが、見て見ぬふりをする。

雲行きが怪しい。
周囲を見ると一緒に行った同期隊員も止められている。
パスポートとイエローカードを人質に、あれよあれよと隣の検疫所へ連れて行かれる。

彼はそこで正式なイエローカードを発行するため1人につき5,000CFAの支払いを要求してきた。

公用パスポートを所持していること。
このカードですでに入国し、国内で仕事をしていること。
現地語で話しかけるなどなど、口々に説明しても彼は聞かぬふり。

挙句の果てには、自分の机の引出しに私たちのパスポートとイエローカードを隠してしまった。

明らかに賄賂欲しさ。

彼に名前を聞いても、JICA事務所と話をするように促しても、賄賂の領収書を請求しても全て首を横に振る。

そのやりとりの最中に、私の横にいた別の女性スタッフは、私の持っているアフリカ布を取って「これちょうだい。」と言ってくる。

ここのスタッフのあまりの低俗さとこの現実がまかり通っていることに驚いてしまう。
大の大人があまりにも子どもじみた態度を取るので、怒りを通り越して呆れてしまった。

周囲を見ると現地人らしき人も何人か彼に不当に連れて来られ、同金額を要求されていた。
彼らも怒ってはいるが、驚くことに最後はあっさりと支払っていた。
支払う人がいるから、こういうことを繰り返すのだ。

JICA事務所と相談中、偶然彼の名前が判明した。
彼に名前を告げた途端、自分の名前が判明したことに恐れをなし、あっという間に引出しからパスポートとイエローカードを取り出し「早く行け。」という始末。

また、その分かりやすい対応に呆れた笑いが込み上げた。

聞けば彼らは看護師らしい。
ベナン国の入口に、こんな低俗な医療関係者を配置させることは、国の恥を世界の人にさらけ出しているのと同じなのに。
残念で仕方がなかった。

こんなことを許さない社会になって欲しい。
早く自分たちの低俗さに気付いてほしい。

たちの悪さ レベル8
(悪質だが、対応は子供だまし。本気の脅しや命に関わる危険性は全くなし。)

あとで聞くと、彼以外はそんなことはないらしく、私たち以外誰もそんな経験はしていなかった。
運が悪かったのか。

*ハプニング2

そのくだらないやりとりに約40分程度費やした。
やっとの思いで荷物受取場へ。

人も荷物もかなり少なくなっていた。
荷物が出てくるのを待とうとすると、荷物出口が「ガッシャーン」と閉まり、レールが止まる。

・・・荷物がない。
人がいなくなり、レールが止まった静けさと同時に、心の中にも寒い風が吹きすさぶ。
3人中、荷物が出てきたのは一人だけ。

仕方なく、荷物紛失の手続きをして空港をあとにする。
ウエストポーチ一つ。
なんて軽い荷物。
バックパックの重みが懐かしい。
貴重品は手元にあるものの、化粧道具もお土産も日記も携帯・デジカメ充電器も・・・。
時間が経つごとに重要な物を思い出し、荷物が紛失したことをじわじわ実感。

でも、2日後荷物は戻ってきた。
私たちが乗った飛行機は、ベナンのあとセネガルなど数カ国を経由していたので、荷下ろしされなかったのだろう。
荷物の重みを心地よく感じながら帰ったのは良かったが、バックパックの外ポケットに入っていた携帯・デジカメ充電池・コンセントのプラグ・USB・お守りが入ったポーチとグラサン・虫よけスプレーが盗まれていた。
おそらくベナン空港と思われる。

ポーチ一式は一番欲しかったものだったのでまたショックを受けた。

*ハプニング3

イエローカードの件が終了し、荷物受取場で荷物を待ちつつJICA事務所に事後報告。
その際、ガボン旅行の10日後にニジェールを5日間旅行予定だったが、ニジェールの情勢関係で渡航禁止期間が発生し、旅程を短くするよう告げられた。
旅程が短くなることのショックと、チケットやビザの変更などなどまた手続きがややこしそうで、検疫所での疲れも合わさり、今後の怪しい雲行きに少し混乱。

そして、このやり取りの最中に荷物紛失が判明する。

不運な出来事の連発とタイミングの悪さに、神様なんて存在しないと本気で思う。

色んな不運に見舞われたが、結局は「命があればそれでいい。」そう思うことにした。
全てを含めて良い経験だった。
と思うことにする。

ガボン任国外旅行~食事編~

今回の旅の間に食べた食事を紹介。

*首都 リーブルビル

カフェット(ベナンではカフェテリアと言う)と呼ばれる軽食屋さんでの朝食
エンドウ豆オムレツ
エンドウ豆入りオムレツ
ガボンではこの豆が入ったオムレツが主流の様子。
ベナンでは普通に頼むと豆は入ってこない。

ガボン産飲み物
ガボンの主流な飲み物達

左:コーラやスプライトなどと同様に扱われるソフトドリンク グレープフルーツ味の炭酸(他にも味あり)
真ん中:andzaというガボンでよく飲まれるミネラルウオーター
右:レガブ というガボン産ビール

韓国焼肉 
冷麺
韓国焼肉と冷麺  日本では普通だが、どちらもベナンにはないので感動した。


火鍋 
火鍋の具材
中華料理店で火鍋。定額で食べ放題と飲み放題。 日本ではよくあるシステムだがベナンにはない。
これも新鮮に感じた懐かしいシステム。




*地方都市 ポールジャンティ

ベナン食 
アカサ
ベナン人漁村でふるまってくれたベナン食    
アカサ(トウモロコシの粉を練って発酵させたもの)少し酸味がある。ソースと一緒に食べると美味しい。
スモークしたての魚  
アカサにトマトソースと玉ねぎやトウガラシをつけて食べる。

カイカイ(ソダビ)
カイカイ(ヤシの蒸留酒。ベナンではソダビと呼ばれる地酒。)

ポールジャンティ夕食
新鮮な魚が食べられるレストランで。
白人がたくさん食べに来ていた。

舌平目のムニエル
海を望む小洒落たレストランで 舌平目のムニエル


ガボン食
棒マニョック &アッタンガ 
棒マニョック
棒マニョックとアッタンガという実(ゆでて食べる)  
棒マニョックの中身 少し酸味があって歯ごたえがある。

牛肉とジャガイモの炒め物 牛肉とジャガイモの炒め物            


*地方都市 ランバレネ

フーフーマニョック&ドンゴドンゴ
フーフーマニョック(マニョックの粉を湯で練ったもの)とドンゴドンゴ(オクラのソース)

フーフーマニョックは発酵させていないので癖がなくて食べやすい。オクラのソースはベナンにもあるが形状が異なる。


フーユドマニョック    
フーユドマニョック(マニョックの葉のソース)
少しぱさついてほんのり青くささを感じた

ご飯と鶏肉
味付けご飯に鶏肉をトッピング  おそらく日本で使うコンソメ的なもので味付けがしてあり普通に美味しい。

塩漬け魚となすびの炒め物
塩漬け魚となすびの炒め物  マニョックなどと一緒に

バーベキュー
隊員宅でごちそうになったバーベキュー
河が流れる町のため、河で大量に捕れるティラピアを焼いてくれた。

ガボン任国外旅行~旅行編2~

*地方都市 ランバレネ

ポールジャンティから船で約6時間。
少し西へ入った内陸ランバレネ。

ランバレネまでの船
この船で移動

山と雄大な河が織りなす景色が美しい街。
地方だがスーパーもある。

ランバレネの町
ランバレネの町並み

ここで有名なのは「シュバイツアー病院」
シュバイツアー博士。
フランスの神学者、音楽家、医師。
30代後半で医師となり現地人への伝道と医療に奉仕した人。
ノーベル平和賞受賞。

ここランバレネに病院を建設し、医師としてこの地で一生を終えている。
私立病院として現在も現地人に利用されている。
敷地内には博物館があり、現在までの歴史や彼が生前使用していた部屋などを見ることができる。

今から約100年近く前の話。
人のために生涯を捧げた事実を目の当たりにして、彼の偉業に感動した。
世界には本当に色んな人がいる。

自分のやるべきことを見つけ、それに向かって一生をかけて最後までやり遂げる意志の強さ。

今よりもさらに何もない時代にこの地で、そこまで彼を駆り立てるものは何だったのか。

技術提供だけでなく、価値観も文化も異なる現地人に受け入れられ、信頼関係を築くことは容易ではなかったはず。

その垣根を越えて、この病院が地域に根付き、色んな人に引き継がれ現在に至っていることに感動した。
協力者の中には日本人医師も加わっていたようだ。
色んな人脈を大切にした人なのだろうと思う。

色んな意味で刺激を受ける病院だった。

シュバイツアー病院裏
病院の裏を流れる河

*ニョニェ

首都から専用ボートで海や壮大なマングローブの森を眺めながら約1時間。
海辺の象がいる。・・・気配が感じられるところ。
ツアーで、ボート代や食費、宿泊費などはすべてツアー料金に含まれている。
おそらく経営者はフランス人。
利用者は先進国からバカンスで遊びに来たという感じの人ばかり。

ニョニェへのボート
ニョニェへのボート

飲み物もアルコールからソフトドリンクまで色々取り揃えてあり、飲み放題。
食事も観光客が乗ってきた専用ボートで首都から運んでいる様子だった。
先進国のメニューがお腹いっぱい食べられる。
周囲に民家はないため、泥棒に入られる心配もない様子。

陸に上がって車で小一時間走ったところに宿泊施設がある。

熱帯気候を象徴する、鬱そうとおい茂るジャングルを満喫できた。
サファリカーでジャングル探検と動物探し。
かろうじて水牛と薄暗くなってから遠くに丸耳象の姿が見えた程度。
でも、ジャングルの中を走るだけで、見たことのない景色がたくさん見れる。

サファリツアー


翌日もガイドと共に早朝から徒歩でジャングルを散策。
ベナンとまた違う雄大な自然と美しい鳥のさえずりはまさしく森林浴。
砂浜にはほかほかの象の糞がごろごろあった。
幻の海辺の象がここにいたという確固たる証拠。

ゆっくりと贅沢な時間を過ごすことができた。

ジャングル散策
ジャングル散策

ほかほかの象糞
砂浜のほかほか象糞


赤道
赤道



*まとめ

ガボンの旅は、同期隊員と再会し、一緒にガボンを巡ることができて毎日が新鮮で楽しかった。
私たちの希望に応えるため、色んなガボンを紹介してくれようとするガボン隊員の気持ちが嬉しかった。
おかげで、ベナンとはまた違うアフリカの一面を知ることができた。
ガボンを知ることで、ベナンの長所・短所も客観的に見ることができた。
ささいなきっかけだったけど、大きな収穫を得ることができた。

ガボン隊と、一緒に行った同期を始めガボン人、ハプニングを起こしたベナン人(帰国編で)、家族、色んな人に感謝。

同期集合写真
同期隊員勢ぞろい

ガボン任国外旅行 ~旅行編1~

*首都 リーブルビル

空港の規模は、明らかにベナンより大きい。
ガボンがベナンより栄えていることが分かる。

早速空港でビザの申請。
ここで撮った証明写真は、期待を裏切ることなく犯罪者の顔。
我ながら怖い。
45,000CFAなり。(約9,000円)

町並みは空港同様、道路や建物がきれいに整備されていて明らかにベナンより都会。
丁度大統領が亡くなり、国全体が喪に服している時期で、死を悼む看板が至る所に掲げてあった。

大統領のポスター
大統領追悼ポスター

高級有名ホテルもある。
食べ物もアジアの物でも何でも手に入る。
韓国や中華食材店もある。
日本のようなショッピングモールもあり、スーパーでは肉を量り売りだけでなく、日本のような白いトレイに入って並んでいた。

道路は海沿いを走っていて、ベナンと同じく海を感じることのできるアフリカ。
ベナンの殺人的な高波に比べると穏やかな感じ。

なんだか町が静かに感じる。

バイクタクシーがいないのだ。
バイクタクシーがいない静けさが新鮮に感じる。反対にそれが町の喧騒に与える影響の大きさに驚く。
ベナンではゼミジャンと呼ばれるバイクタクシーが主な移動手段で、至る所をバイクが走り抜ける。
タクシーもいるがルートが決まっているため、近場の移動には不便。

ガボンではタクシー移動が主流。バイクタクシーはほとんど走っていない。
しかも、助手席に座るとシートベルトを着用しなければならない。

シートベルトが機能するほどの車なので、ベナンに比べてとてもきれいなタクシーだった。
しかも、車内時計がきちんと合わされている。
ベナンのタクシーは時計も壊れているか、存在しても正確なことはまずない。
この違いはなんなのか?

ガボンタクシー
きれいなタクシー

道端では、頭に品物を乗せて売り歩く売り子さんの姿もほとんどみない。
アフリカ布の民族衣装を着た人もほとんどいない。
ベナンでは多くの人が着用していて、ビーチサンダルの使用率もかなり高い。
ガボンではほとんどの人が普通の洋服と靴を履いていた。

ガボン人はいわゆるホワイトカラーと呼ばれる職種を好み、ブルーカラー職は好まない傾向にあるとのこと。
そのため、タクシー運転手を始め体を資本とする職種はほとんど外国人が担っているらしい。

首都の町並み
首都の町並み

*地方都市 ポールジャンティ

ベナンにはない移動手段。
高速艇で約4時間 南下。

船には乗れるだけ乗客を乗せる。
定員は確実にオーバーしていたと思われる。
決して新しくない船だが、冷房と真新しい薄型巨大テレビが備え付けられていて不釣り合いな感じがした。

前日の寝不足を船中で解消しようともくろんでいたが、薄型テレビには現地の映画が大音量で流され、あまりの存在感に前方に座っていた私たちは休めなかった。
船が動き出して間もなくすると、黒い小さなビニール袋が配られる。
何かと思えば、嘔吐用。

しかも、映画の画面に目を向けていると早速それを活用しておう吐している人の後姿がリアルに視界に入ってきた。
うつりそうになる自分を懸命に気を紛らわせる。

船中約5時間の間、トイレに行かなかった。
ベナンに来て以来、日本のように公衆トイレがないので、長距離移動の際はなるべく食事を控え、トイレの回数を減らす習慣がついていて体も慣れている。
しかし、現地に到着すると意外に寒く、それが私の膀胱を刺激した。
船着き場で新たなガボン隊員が出迎えてくれたにも関わらず、挨拶もそこそこにトイレへ走る羽目となった。

ベナンは雨季だが、ガボンは現在乾季。
乾季のベナンはひたすら暑い。
なので暑いイメージだったが、ガボンの乾季は寒い。
半袖の服の上に長袖を羽織たくなる。

雨は降らないが、1日中曇り空が続く。
気温も低めで風も冷たい。
雨季は短時間スコールがあり、あとはカラッと晴れて暑いらしい。

雨季にしとしと雨が続くこともあるベナンとはまた少し違う気候。
水シャワーが応える。
味の向こう側ならぬ、水の向こう側へ行く。


ポール・ジャンティは港町。
漁師で生計を立てている人も多い。
美味しい魚が食べられる。

ボート
大活躍のボート

現地の漁港隊員と現地スタッフと共にボートに乗って色んな漁村を巡る。
漁をするために近隣諸国から移住している外国人が沢山いるらしい。
色んな国の人が、海沿いに小さな集落を築いて生活している。

ベナン人も例外でなく、隊員がベナン人漁村に案内してくれた。
思いがけずベナン料理でもてなしてくれた。
これも、漁港隊員と現地人との信頼関係があってこそ。
美味しく頂いた。

ベナンから来た私たちに刺激されたのか、ベナンの話をしてくれたりベナン音楽のDVDを見せてくれたりした。
飛行機で1時間30分の距離とはいえ、ベナン人にとってガボンは遠い外国。
彼らにとって、故郷であるベナンは恋しく、懐かしく、かけがえのない存在のはず。
日本に思いを馳せる今の私と気持は同じだろうなと彼らに共感。

小型ボートでギニア湾を出て大西洋に出る。

採油場もぐるりと回る。
これがガボン経済を潤す根源。

油田
油田

途中、美しいビーチに船を止めて休憩。
砂浜が真っ白でとてもきめ細やかな砂。

まるで沖縄と言いたくなるくらいきれいなビーチだった。
思いがけず贅沢な経験ができることにテンションが上がってしまった。

美しいビーチ
美しいビーチ

マングローブの森の間をボートで抜けながら、水の美しさにまた入る。
でも、曇り空で水も冷たく、あまりの寒さに長時間は入っていられなかった。
さらに、ボートを飛ばして港まで帰ったため、しぶきでずぶ濡れになり寒さが倍増。

マングローブの森
マングローブの森

ベナンにはない高級なレストランと久々の海を満喫できた。
それもこれもこの町を知り尽くしている現地隊員のおかげ。


ガボン任国外旅行 ~準備編~

協力隊には「私的目的任国外旅行」という制度がある。
これは2年間の派遣期間の内、上限20日間まで私事目的で任国外へ旅行できる制度。
旅行できる国は派遣国によって決められている。

ベナンの場合は、セネガル・ニジェール・ブルキナファソ・ガーナ・ガボン・モロッコ。
私事目的で自費となるため、行っても行かなくても良い。
ベナンでは隊員生活1年を経過しないと行くことができない。

行けたらいいなと漠然と考えていたが、具体的にどの国へ、誰と行くかなどなどあまり深くまだ考えていなかった。
手続きなどややこしいので、もしかすると行かないかもしれないなという考えも、頭をよぎったりしていた。

そんな時、同期隊員が声を掛けてくれた。
ガボンの同期隊員に会いに行くとのこと。
思いがけない誘い。
早速、ありがたい誘いに乗っかり、私も参加する運びとなった。
旅程はすでに、ガボンの同期隊員が綿密に組んでくれていた。

ガボン・・・。
協力隊に関わるようになってから、ガボンという国の存在を知った。
中央アフリカというだけで何も分からない。
石油採取国であること。
自然が豊富であること。・・・くらい。

何はともあれ、縁のあった国だったのだろう。
8泊9日の旅。

ガボン・プロフィール
ガボン共和国
  首都: リーブルビル
  面積: 26万7667平方km
  人口: 1380,000人(2005年)
公用語: フランス語 現地語もあり。
  宗教: キリスト教(全体の2/3)伝統的宗教(全体の1/3)イスラム教(1%)
  気候: 熱帯海洋性気候 1年を通じて高温多湿。
      年平均気温は25~27度 6~8月は乾季
      国土の80パーセントが森林

略史:16世紀~17世紀 イギリス・オランダ・フランスが沿岸部に進出
    19世紀 フランス勢力拡大
    1890年 仏領コンゴの一部となる
    1960年8月 独立
   ボンゴ・オンディンバは、1993年末の大統領選挙で5選を果たし、2009年6月8日に死去するまで約40年間 大統領職を続けた。

 ~出国前~
夜の飛行機のため、夕方ベナン事務所にパスポートを受け取りに行く。
ベナンに来た時以来、久々に目にする自分のパスポート。
ベナンは大使館がないため、パスポートは事務所で預かっている。
万が一紛失すれば、コートジボアール大使館で申請しなければならない。
空港へ行く前に、気分を盛り上げるため乾杯。

18時前にコトヌ空港。
出国手続きの際、一緒に行った他の隊員2名は早速職員に言われていた。
「私に何をくれる?」
何かもらえたらラッキー程度の軽い感じ。
悪質度 レベル2 まだかわいい。

早速「きたっ」という感じ。
お金持ちしか通らない公共の場所だからこそ、公共の職員にも関わらず彼らにとって賄賂や小遣い稼ぎは当たり前なんだなぁと思う。

ベナンに到着した時以来、初めて入るコトヌ空港。
一応小さな免税店が1つあった。
香水など先進国の香りがするが空港の規模とは釣り合わず、ベナンは田舎なんだなぁとしみじみ思う。

いざエールブルキナの飛行機に乗り込む。
自分たちの座席を見つけるが、人が座っている。
どうも自由席らしい。
あまりのアバウトさに笑ってしまう。

エールブルキナ

19時55分 コトヌ空港からガボンへ出発。
1時間半あまりの飛行時間だが、機内食が1回出る。
なかなか美味しかった。
旅行前のテンションの高さも相まってか?

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