monologue de yoki-ta

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タバスキ

11月27日はタバスキでベナンでは休日だった。

タバスキとはイスラム教で定められた宗教的な祝日。
日本では「犠牲祭」と呼ばれる。
ラマダン(断食月)があけてから1カ月と10日後がタバスキにあたる。

今年はベナンで最後のタバスキとなるため、雰囲気を味わっておこうとイスラム教の人が多いサケテという町へ。
同期隊員の家の大家さんがイスラム教なので、一連の流れを見せてもらった。

タバスキの数週間前から、道端を行きかう羊がやたら多くなる。
私が住むコトヌでも前日ともなると、至る所に羊がつないであった。
昨年はあまり感じなかったが、今年は羊を見かける頻度が高い気がした。
今年は私の意識が高いからか?

タバスキの前日は仕事も14時で終了。
宗教に関係なく祝日で、イスラム教徒以外も羊を食べるらしい。
日本人がクリスマスに鶏を食べる感覚と同じかもしれない。

旧約聖書の、アブラハムが信仰の証として最愛の息子を神の生け贄に捧げたことを世界的に記念する日。
一家の家長はその財力に応じて動物を一匹生け贄にする。
基本は羊のようだが、別の動物でもいいらしい。
性別はオスと決まっている。

朝5時ごろ、近くのモスクの拡声器から流れる大音量のコーランで無理やり目覚める。

朝、8時にお祈りとのことで準備をしたが、9時に変更。
一家の子どもたち6~8人くらいと一緒に出かける。
それぞれきちんと正装している。
女性はお化粧を施し、頭を美しいベール(テケンテ)で隠している。

会場に近づくにつれてすごい人になってくる。
子ども達も迷子にならないように、一番年上の男の子が下の子たちをしっかりと仕切っていた。
私の動きはどうやら目を付けられたらしく、私のことまではぐれないようにきちんと見ていてくれた。
お祈りに向かう人
ぞくぞくと集まる人々

結局会場に到着したときにはお祈りは終わりかけていた。
残念・・・。やはり8時に出ていたら良かったかも・・・。

お祈り会場1
男性集団の後ろで女性集団がお祈り

お祈り会場2
一番偉い人はメッカに行っているため、2番目の人がお祈りの後、説教をしていた

家に戻ってみると、さっそく羊を絞める雰囲気。
先ほど子どもたちを仕切っていたしっかりした男の子は、普段着のズボンに履き替え準備万端。

絞める前の羊
何かを感じている羊たち

羊を絞めるのは男性で、調理するのは女性と役割分担が決まっている。
大人、子ども含めてみんなで協力しながら絞める。
絞める
前もって穴を掘り、そこに血を出し切る

空気を入れる
後ろ脚の関節に切り込みを入れてそこから空気を入れると、まるで風船のように体が膨らむ
こうすることで、皮がはがれやすくなるらしい

洗う
体がパンパンに膨らんだら、石鹸で体を洗う

毛をそる
とても小さな剃刀で丁寧に全身の毛を剃る

毛を剃る刃
小さなカミソリたち

解体
毛を剃り終えたら解体

頭部と膝関節(と言うのだろうか?)から下の部分は、そのまま焚火の中に入れて焼いてから解体していた。

解体2
後の処理は豚の時と同じ

内臓の中身の処理
みんなで内臓の処理 羊は草食のため胃腸の中身は深い黄緑色の草ばかり。
匂いも豚に比べて少なかった。

この日は結局 3頭の羊を絞めた。
大きめの2頭の羊は、体から内臓を取り除き、トウモロコシの粉をかけてその日は調理せずねかしていた。
寝かすお肉

この一家の主は、東屋の木陰でどっしりと椅子に座り、一連の作業を見守っていた。
羊を絞める主要な役割を果たしたのは、大人の男性ではなく、高校生くらいと中学生くらいの男の子だった。
大人はそれをアドバイスしながら、少し手伝う程度。

解体は、さすがに骨を砕くなど力仕事のため、おじさんが行っていた。
この役割は事前に決まっている様子だった。

その作業を見ながら、小さい子どもたちは遊んでいる。

解体が終了すると、後は女性の仕事。

内臓をきれいに洗って、切って大きなお鍋で煮込む。
調理

羊を絞めて約5時間後の夕方 ようやく食事が出来上がった。
いつものトマトソースで。
出来上がり


アカサ


アカサ2 
アカサ(トウモロコシの粉を練って発酵させたもの)と一緒に食べる

みんなで協力しながら、解体と調理を行うが、実際食事を食べるときはそれぞれ各自で好きな時に食べていたのが面白かった。

お祝いの日であっても、お祈りの時間は来る。
作業をしながらも、合間を見計らって律儀にお祈りをする姿を見ると、本当に偉いなと思う。

宗教に馴染みが薄い日本人の私にとって、彼らの限りない信仰の深さは、価値観の違いをいつも目の当たりにさせられる気がする。

イスラム教でない私を、快く見学させてくれ、ごちそうをふるまってくれた大家さんに感謝。
もちろん羊たちにも。









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強盗事件発生

少しさかのぼるが、先日、近所で強盗事件が発生した。
昨年11月にも大規模な強盗事件が起きたため、私がベナンに派遣されてから2回目。

17時半から18時の間ごろ、「パパパパパン」みたいなまとまった銃声のような音が1度だけ聞こえた。

家の近くの保健センターにいた私は、一瞬銃声かな?と思ったが、周囲のベナン人は何事もないかのように談笑している。
その音に反応する人は誰もいないようだった。

やっぱり私の思い過ごしかと思った頃、携帯で友人が発砲事件があった様子と教えてくれた。

現場は私が住んでいる所から、15分くらい歩いたところらしい。

すぐ帰宅したほうがいいとのことで、周囲の様子を見ながら帰路に就いた。

でも、大通りに出てみても特に大きな混乱はない。
前回はバイクタクシーや人、車が現場から少しでも離れようと、この大通りはまるで一方通行かのように同じ方向にみんなが逃げていた。
今回は、前回の事件よりもむしろ現場は近くなっている。

でも、何事もないように近くの高校生もたくさん下校中で、道路もいつも通り流れている。
銃声もそれ以来聞こえなかった。

その夜は一応自宅待機となった。

翌日詳細が判明。
私の自宅から徒歩15分くらいのところ(と思われる)、レバノン人経営のお米屋さんに強盗が入り、100万CFA(約20万円)の現金が盗まれる被害。

銃声は警官が発砲したものと思われる。

犯人は警察到着前にバイクで逃走。
現在も未逮捕。

ということだった。

いつも犯人は捕まらない。
前回も複数犯の犯行だったが一人も捕まっていない。

いつも近くに警察が張っているが、意味はあるのだろうか?
賄賂社会なので、強盗と警察はつながっている可能性も大きいらしい。
夜の検問と見せかけて、警察が白人の乗った車だけを止めて、色々と難癖をつけて平気で賄賂を貰おうとするあからさまな態度からも、それは納得できる。

どの国も、年末になると治安は悪くなる。
強盗の意識は万国共通らしい。

現場周辺は、ベナン最大の布屋街。
この日の夕方、仕事が終わった後に布を見に行こうかどうか迷っていた。
偶然、仕事が長くかかったので行かなかったが、行っていたら危ないところだった。

危険はいつも隣合わせ。
年末年始の人込みは気をつけようと心に誓ったのであった。


予防接種キャンペーン~黄熱病~

黄熱病ってどんな病気か知っていますか?

ベナンはWHOが指定する黄熱リスク国に入っている。

ベナンを含む西アフリカ諸国は、入国に際して国際予防接種証明書(イエローカード)の提示が義務付けられている。
アフリカ大陸では、南北を除いた国々で必要。
ちなみに、南米のいくつかの国々も同様。

どんな病気かというと・・・

ネッタイシマカなどの蚊によって媒介される、黄熱ウイルスを病原体とする感染症。
日常生活における人から人への感染はない。
日本の感染症法では四類感染症に入る。

熱帯アフリカと中南米の風土病。

潜伏期間は3~6日。
突然の発熱、頭痛、背部痛、虚脱、悪心・嘔吐で発症。
発症後3~4日で症状が軽快し、そのまま回復することもある。
しかし重症例では、数時間~2日後に再燃し、発熱、腎障害、鼻や歯根からの出血、黒色嘔吐、下血、子宮出血、黄疸などがみられる。

死亡率は、流行地の人の場合は5%以下だが、旅行者などでは50%以上になることがあるらしい。
特効薬は無いが、1回接種の生ワクチンによって予防可能。

イエローカードの有効期間は接種後10日から10年間。
終生免疫とも言われているが、再びイエローカードを取得するには再接種が必要。

黄熱病に関して有名な日本人が野口英世。
黄熱病のワクチン開発に貢献した。

という黄熱病。

WHOによると、2000年から2004年までの5年間で、アフリカではギニアで936名、コートジボワールで717名、スーダンで222名、リベリアで199名、セネガルで138名、中南米ではブラジルで210名、コロンビアで175名、ペルーで156名の患者発生報告があったとのこと。

動物と蚊の間で媒介されているため、このウイルスの撲滅は困難と言われているらしい。

そのため、流行地域では予防接種キャンペーンが行われている。

11月23日から29日までWHOやユニセフなどの協力のもと黄熱病予防接種を勧奨するキャンペーンが行われた。
ポスター
キャンペーンポスター なぜあえて裸の女性を起用したのか?

無料で受けられることもあってとてもたくさんの人が保健センターや医療機関に接種に来ていた。
土日祝日を含んでいたにも関わらず、スタッフは熱心に働いていた。
(その分報酬も良かったらしいが・・・。)

並ぶ人々
私の活動先の保健センターにて。常に人が並んでいた。

予防接種キット
予防接種キット

接種中
接種中 大の大人も恐怖心をあらわにする人も多かった。
真ん中の男性が、接種人数をチェック

接種カード
これをしっかりと10年間保存



注射器 外には注射器の入った箱が大量に積み上げられていた。


ちなみにこのキャンペーンでなくても、渡航の関係などで希望するときには随時受けることができる。
その際は400CFA(約80円)必要。

そもそも住民票など存在しない国。
国がラジオや新聞、公共の場を利用して呼びかける。

末端の人まで、多くの人が受けることができたらいいなと思う。











北部旅行 ~ナティティングー~

ジュグーからさらに北へ移動。
タクシーで約1時間。

「ナティティングー」という町。
ベナンで最も標高が高いアタコラ山脈付近にあり、標高は440m。
山の斜面にも家や農地が広がっている、盆地の街。
ブルキナファソへの通過地点で、サファリが楽しめる北部国立公園への玄関口の役割も担っている。
ここには今年2月の同期旅行で来たことがあるので今回で2回目。

家の前
現地隊員宅の家の前から


前回訪れなかった「ブクンベ」という村に行くため。
ここには、ソンバ族という民族が、土でできた独特の形をした民家で暮している。

町から土道を走ること約40分。
車の窓を開けていると、土埃で髪の毛や肌が白くなってしまうほどほこりっぽかった。
偶然、利用したタクシーの運転手さんの実家とのことで気安く見せてもらうことができた。

タタソンバ1
現在も生活している家なので、見学の際に家主さんと交渉が必要。

2階建てになっていて、1階には台所や、収穫した雑穀などを処理する作業場となっている。
2階には寝室と、作物貯蔵庫、屋根なしの作物を干すスペースなどがある。

寝室1
寝室 天井は低く狭い。座るのがやっと。

寝室入口2
寝室への入口。体を横にして大人がやっとくぐれる大きさ。

乾し豆
2階のスペースにたくさん干していた豆

外にはブードゥの儀式用?の像
儀式用

偶然 近くの畑でお米の収穫が行われていたので、見せてもらうことに。
雑穀
背の高い雑穀畑を通り過ぎると

北海道1
まるでアフリカと思えない風景が


すすき2
すすきの大群

畑
田んぼ

稲刈り
稲刈りの人々

稲穂
稲穂

牛使いの子どもたち
稲を刈る大人たちの横で、牛の遊牧する子どもたち

豊かな自然と、さわやかな風音、美しい風景に懐かしい感情が蘇る。
まるで日本の秋。
アフリカで日本の秋を感じるとは、変な感覚だったけど、嬉しかった。

唐辛子の木
唐辛子畑  ベナンでは食事に唐辛子をよく使う。

バオバブバオバブの実
ちょうどバオバブの木に実がなっていた。実を使ったジュースが市販されている。


タタソンバ2
別のタタソンバ 一つ目とやや形が異なる
右上の蔵が貯蔵庫。この家はブードゥの宗教色が濃い家だった。

台所
台所

お米
ここはお米や、オクラが干してあった。

ナティティングーは、ジュグーよりも日中と朝晩の気温差が激しかった。
乾燥も激しい。
夜はとても寒く、寒さで目覚めた。
足は冷え切っていて、靴下をはいても温もらないほど。

ベナンに来て、冷え性知らずだったが、久しぶりに日本の冬の感覚を思い出す。

秋を感じたり、冬を感じたり。
アフリカにいながら貴重な体験だった。

ナチで食べた食事
豚肉
豚肉 炭焼きでなく窯焼きだったため、やわらかく美味だった。

アカサ
アカサ(トウモロコシの粉を発酵させて作ったもの) 少し酸味がある。
この豚肉と一緒に食べたり、トマトソースに合わせたり、何にでも合わせる。


ブクンベの子どもたち
ブクンベの子どもたち











北部旅行 ~ジュグー~

ハルマッタンの季節が来る前に、北部の景色を見ておこうと北部旅行。

今年2月に同期隊員とともに旅行したが、乾季まっただ中でほこりっぽく、とても暑い印象しかなかった。

朝6時前に家を出発。
今、コトヌは日の出が6時半過ぎだから、まだ暗い。
でも、真っ暗の中、野外食堂のおばちゃんたちやバイクタクシーのお兄さんやおじさんはいそいそと働いていた。
ベナン人の朝は早い。

コトヌからバスで北へ約7時間。
「ジュグー」という町。

本来なら7時間で行けるはずが、今回はバスの調子が悪く修理しながらだったため、10時間近くかかった。
しかも、冷房も壊れていた。

ハルマッタンが始まる前に、と思っていたのに3日ほど前から始まっていたらしく、5時間ほど走ったあたりから、遠くの景色がかすみはじめた。
と同時に、空気も乾燥していて目や肌が乾燥し始める。
乾燥していても、風は涼しい。

ジュグーは面積も広く、競技場もあるなど町自体はとても発展している。
競技場
競技場


ベナン国内でも特にイスラム教の人が多い町。
至る所にモスクが建っている。
自己紹介もイスラム名を聞かれる。

翌日の朝5時ごろから、近所のモスクの拡声器から流れる大音量のコーランで目覚める。
乾季に入り、日中は乾燥して暑いが、日が沈むと一気に気温が下がる。
長袖でちょうど良いくらい。
ただ暑いだけの2月とはまた違う気候。

ジュグー最大のモスクを見学。
守衛のおじさんに声をかけると、屋上へ上がらせてくれた。
ジュグーで一番大きいモスク
モスク正面

屋上
屋上

塔の中
塔の中
塔の中の工事は途中で終わっていて、上まで上がりきることができない。
せっかく素敵な建物なのに残念。

眺め1
屋上からの眺め

ハルマッタンの影響と朝もやも重なって、遠くの景色がかすみとても味のある風景。
屋上からは、町の入り組んだ路地裏まで見える。

はためく洗濯物、井戸端会議をしているおばあちゃんたち、イニヤムをつく女性、遊ぶ子ども達、ぼーっと座っているおじいちゃんなどなど、ベナン人がそれぞれに生活を営む自然な姿も垣間見える。

遠くから流れてくるコーランを聞きながら、人々の生活する姿と、音と、風景を眺めているととても落ち着いた気持ちになった。

上から見た人々
牛飼いさん


モスケ中
モスクの中

女性が手に職をつけるための機織り職業訓練所も見学
機織り工場

最近できたのか建物や機械も新しい
織り機は2種類
機織り1
太めの糸を使った織物 

機織り2
細い糸で洋服などに使用する布地を作成
出来上がった布地は加工したり、そのままの状態で販売もしていた。


イスラムの町のため、数十メートルおきにモスクがある。
一つ一つ形が違う。
きれいなモスクを撮ってみた。
モスク1

モスク3


モスク2
毎日雲ひとつない真っ青な空だった

石のモスケ 石の壁がきれいなモスク

正面以外はコンクリ でも正面だけだった。側面はコンクリむき出し。



ジュグーの子どもたち おしゃれで目の周りを黒く縁取りしている
子どもたち




ベナンの気候

この辺でベナンの気候について少し。

ベナンには四季がある。
と言っても、日本ほど気温の変化は大きくない。

昨年6月にベナンに来て以来、今まで微妙な季節の移ろいを感じてきた。

(注意:下記の気候は私の住むコトヌを基準とする)

1月・2月 大乾季 
とても暑い季節。気温30度前半。
コトヌは湿度も常に80~90パーセントあるため、汗がすごい!

3月~6月 大雨季 
少しすつ雨が降り出し、涼しい日が出てくる。でも、まだまだ蒸し暑い。
気温28~31度。湿度70~90パーセント。
旬の食べ物:パイナップル 4月~5月頃マンゴー 6月頃さつま芋

7月~8月 小乾季
雨が降る日が多く、半日くらいしとしと降る日も。日本の秋のような涼しさ。
水シャワーでは寒いくらい。
ベナン人もここぞとばかりに、ジャケットや厚手の上着を着たりする。
(もちろん日本人の感覚では必要なし。)

9月~11月 小雨季  
10月初めまで涼しさは続くが、雨はだんだんと少なくなり、徐々に気温が上がってくる。
11月現在、コトヌは夜などに思い出したように雨が降ることもあるが、だんだん少なくなってきた。

大乾季に向けて、日中の気温は30度を越し、湿度も低い時で60パーセント代後半から80パーセント。

旬の食べ物:パイナップル・ピーナッツ・オレンジ 10月頃からリンゴ
11月終わりからマンゴー 野菜も色々豊富

12月 大乾季(ハルマッタン) 

ハルマッタンと呼ばれる風が吹く季節。
西アフリカのギニア湾岸地方で吹き、内陸のサハラ砂漠からくるため、乾燥していて、砂漠の細かい砂を伴う。
そのため、空や遠くの景色がかすんで見えにくい。

細かい砂のために、いろんな隙間から屋内に入り込み、部屋も砂でざらざら。
コトヌはまだだが、北の方に行けば11月の今もハルマッタンが始まっている。
コトヌではハルマッタンはそんなに寒いと感じないが、北の方はハルマッタンが一番寒い。

日中はとても乾燥して日差しがきつい。
肌や唇はかさかさになる。

太陽が沈んだ途端、一気に空気が冷たくなる。
朝晩はタオルケットなどは必要。

コトヌでもやや空気が乾燥するため、暑さを感じるが汗の量は少なくなる。

ハルマッタン
北部地方のハルマッタンが始まったころ
遠くの景色はかすんでいる。

一番暑さをピークに感じるのは、大乾季の終わりあたり。
一番寒いのはハルマッタンの季節と言われている。

ベナンは南北に長い国のため、日本の北海道と沖縄が違うように、私が住むギニア湾沿い南のコトヌとニジェールやブルキナファソに近い北の地方とで、気候は全く異なる。

4つの四季があるのは南の方で、北の方は雨季と乾季2つしかない。

適当に旬のメジャーな食べ物も書いてみた。
これは市場に出る数、値段・売り子さんの多さ、味で旬であることを感じたもの。

ちなみにベナンはパイナップルが非常に美味しい。
これは、近隣諸国に比べても上級クラスらしい。
安い(1つ日本円で20円)し、やわらかく熟していて芯まで食べれる。
ほぼ年中楽しめる。
これだけは自慢できる一品。

マンゴーも旬になれば日本円で約50円。
当たり外れがあるが、とても美味しい。
でも、旬の期間が1~2か月くらいと短いのが残念。

ちなみに野菜やリンゴなどは輸入品らしい。

とこんな感じで暑いなりに旬の食べ物や気温の変化がある。

でも、日本の四季ほどの感慨深さはない。
ベナン人もハルマッタン以外は、今の時期が大乾季なのか小雨季なのかなど、細かくは知らない。

自然を見て、美しいと感じる瞬間や、季節の移ろいに、心が揺さぶられる感覚はあまりないのかもしれない。

日本の四季の移ろいが、どれだけ私たちの心を豊かにしてくれていたか、その影響の大きさを、ベナンに来て身をもって実感。

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