monologue de yoki-ta

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Joyeux Noël

Joyeux Noël!!
メリークリスマス!

ベナンでは25日は国民の祝日。
前日の24日は、公共機関では14時までの半日の仕事となる。

ベナン最後のクリスマスは、ベナン人の習慣に合わせて過ごしてみたいと思い、一人で教会に。
と言っても私はキリスト教徒ではない・・・。
今まで何度か病院のミサに行ったことはあるが、教会は初めて。

ベナン服を着て、近くの教会へ。
看板


教会入口

私の家は街の真ん中にあるため、近所の教会の規模も大きい。
真ん中にひとつ大きな祭壇があり、それを三方向から参列できるような作りになっていた。
それでも、ほぼ満席。

教会中

ミサの内容の深い意味合いまではよく分からないが、子どもの洗礼のために家族で来ている人も多かった。
いつもと違ったのは「ハレルヤ」などの聖歌がベナンの伝統的音楽で演奏されていたこと。

約2時間もの間、聖書の内容もはっきりとは理解できないが、ベナン人たちが真剣にお祈りする姿や聖歌隊の音楽を聞くと自然と気持が穏やかになる・・・感じがした。

荘厳な雰囲気だけは味わうことができた。
もう少しキリスト教について知識を深めたいなぁと感じるきっかけになった。

そして私の○○回目の誕生日。
メッセージをくれた方々、祝ってくださった方々、どうもありがとうございました。

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クリスマス会

私の活動先の病院でクリスマス会が開かれた。

これは毎年行われている。
双子・三つ子などの子どもを持つ家族と、貧しい家庭の子どもたち、親がいない孤児たちなどを招待する。
ベナンでは双子、三つ子、四つ子などの子どもたちが生まれると、縁起が良いとのことで喜ばれる。

私の病院は母子病院のため、小児科、小児外科、新生児室、産科、婦人科、家族計画などなど母子に関する部署ばかり。
数日前から、各部署でこの1年間で病院を受診した親子の中から、特に貧しい環境の親子などを対象に3~4組招待する親子を選んでいる。

私の部署も貧しい親に対して、医療費無料の手続きを行ったり、子どもの検診を実施しているためこのイベントでも重要な役割を担っていた。
あまり前もって準備することは少ない国民性だが、これに関しては数日前から取り掛かっている。
院内にもクリスマスと新年を兼ねた飾り付け。
飾り付け

誰に何のプレゼントをあげるのか、事前に決めて名前を張り付ける。
名簿の確認

プレゼントはアフリカ布がほとんどで、あとは車や人形など。
各部署から数組のわりにやたら多いプレゼント。
プレゼントの山

当日は、朝から会場のセッティングを行い、昼ごろからミサを行う。

病院では、時々金曜日の昼からミサを行っているが、この日はいつもに比べてかなり盛大だった。
ミサの出席者はほとんどが職員。

牧師さんもはりきり、衣装もいつもよりバージョンアップしていた。
牧師さん衣装
親子バージョンの刺繍

最後はダンスで大盛り上がり。
聖歌隊

ミサが終わると、親子を対象としたイベント。
しかし、時間通りに始まらず、子どもたちも待ちくたびれ、疲れた顔をした親もいた。

内容は、有名な歌手が歌を歌ったり、子どもたちのダンスコンクールなどなど趣向を凝らしていた。
物おじすることなく、即興で舞台上で踊ることもたちの表情は自信にあふれていて、見ていてうらやましくなるくらい楽しんでいた。
コンクールだけど、上手い、下手は関係ない。
大人も子どもも大喜び。
途中、停電で歌手の歌が途切れるなど、ハプニングはいつものように起こったものの、みんな楽しそうだった。
ダンスコンクール

最後にサンタクロースが登場。
昨年同様、救急車の上に乗って・・・。
サンタ登場


今、救急患者が出たらどうするの?・・・。

でも、子どもたちはとても喜んでいた。
サンタクロースから、手始めにポケットサイズのプレゼント。
プレゼントに群がる子ども

我先にとすごい勢いで子どもが集まり、収集がつかなくなる。
これも昨年と同じ。
もらえていない子がいれば、大人がおしくらまんじゅうのようにになっている子どもの塊の中に、わざわざ無理に放り込むから、さらにすごいことになる。

改めて、一人ずつ名前を呼ばれて準備されたプレゼントをもらう。

その中に、スタッフの子どもたちの分も含まれていた。
プレゼントの量が多いのはそのためか~。

ただでさえ、長いのに、スタッフの子どもまで呼び出して渡すため、さらに時間がかかっていた。

貧しい人に比べたら、定期的に給料を受け取り、ベナンの中では割と裕福な生活をしているスタッフに、プレゼントは必要ない。
どんなことも、人より自分を優先するベナン人。
お客様第一の日本の感覚では考えられない。

と思いながら見ていると、私の名前まで呼ばれた。
あとにカウンターパートの名前も。
どうやらお揃いの布で一緒に服を作ろうということらしい。

気持は嬉しいが、複雑な気分で受け取った。

動物園

今まで、色んなものをベナンで見てきたが、最初から特に期待していないにも関わらず、残念に感じるものが多い。
数えきれない諦めを余儀なくさせられてきた。

そんな環境の中、珍しく隊員間で好評な場所がある。
期待を裏切らないらしい。

そこは動物園。

動物園と言っても、動物の種類は少ない。

聞くところによると「ライオン」がスリルと迫力満点らしい。
簡潔にいえば、それだけが好評なのだ。

偶然、動物園を訪れる機会があったのでいざ出発。

首都の近くで、私の住むコトヌーからタクシーで約1時間。

動物園と言っても、広大な敷地内にホテル、プール、会議室などが建っていて、その中の一角に動物園が併設されている感じ。

動物たちを見るためだけに、わざわざガイドが付いてくれる。

動物の種類だけ紹介するのみ。
特に動物に関しての豆知識を教えてくれるわけではない。
何のためにいるのか疑問。

ハイエナ、サル、巨大なワニが大きな檻に一匹ずつ。

檻の周りは囲ってあるわけでもなく、直接檻から動物と対面できる。

檻の網目もさほど細かくはないので、近付き過ぎるといろんな危険性を孕んだ設計となっていた。

特にワニは、とても巨大だったが目を開けたまま微動だにしなかった。
いくら夜行性だからと言っても、横たわり方も目の開け方も不自然だった。
「死んでいる。」心の中でつぶやきながら、次の動物へ。

早くもメインのライオンへ。

ライオンは暑さと空腹で全くやる気がないと、他の隊員から聞いていた。
痩せて常に飢えた状態なので、家畜を持っていくと喜んで反応するとのことで、市場で鶏を2羽購入して持ち込み。

案の定、2匹のライオンは暑さで檻の奥の暗がりに寝そべっていた。

ここも、他と同様檻の周りには囲もなければ、網目も大きい。
ライオンが本気で向かってくれば、襲われる危険性大。
現に私たちと一緒に回っていたベナン人のお客は襲われかけ、心底ビビっていた。
今まで何の事故もなかったのだろうか・・・?


ガイドが鶏を見せて、檻から囲われた外の敷地におびき寄せる。
鶏のにおいが・・・

ライオンの官舎は、上から囲われた外の敷地を眺めることができる構造になっている。
そこからガイドが生きたニワトリを投げる。

するとライオンは走り、落ちてきた鶏を空中でキャッチし、仕留めていた。
そして、前足で抑えゆっくりと味わって食べる。
laion1

ライオンの食事風景をこんなに間近で見る機会は、初めてだった。
食べられている最中に、鶏は息絶えた。
時に鶏の骨が砕けるリアルな音も聞きながら、ライオンが獲物を食べる様は非常に迫力があった。

laion2
食事中

鶏の羽以外全てを食べきったライオンは、心なしか満足した様子でまた檻の奥に戻って行った。
laiontati

最後にガイドがライオンを挑発すると、檻を少しよじ登り襲いかかるしぐさをしてくれた。
そのためのガイドだったのだ。

なるほど。
噂に聞く通り、スリルと迫力満点で期待を裏切らない動物園だった。

ori
ライオン官舎

なんか違和感・・・

タバスキの前日。
タバスキの様子を見せてくれる大家さんへのお土産として、鶏1羽を買ってきてほしいと同期隊員から頼まれた。
任地の市場では、小ぶりな鶏ばかりでいまいちだったらしい。

はて。
私は今まで食用の生きた鶏をまだ購入したことがなかった。
私の任地は、スーパーがあるし、限られてはいるが冷凍の肉が買えるベナンで一番便利なところ。

市場も沢山あって、どこで買えばよいかも分からなかったので、同僚に聞いてみた。
親切なことに、偶然自分も市場に買い物に行くとのことで一緒に行ってくれた。

鶏売り場では、大きな檻のような囲いの中に沢山の鶏がいた。

オスとメスどちらがいいか。
大きさはどのくらいか。
絞めるか生きたままか。
羽はむしるか。

鶏を買うだけでも色んな選択肢があった。
大きめのオスを生きたまま買っていくことにした。
1羽2,500CFA(500円)
ベナンは市場で買い物をすると黒い買い物袋に入れるのが主流。
例外なく、鶏も両足を縛られて、生きたまま黒い買い物袋に入れてまるで野菜を買ったかのように普通に渡された。
ちょっとおもしろかった。

一旦帰宅し、玄関先に買い物袋の鶏を放置して出かける準備をする。
準備を終えて出てみると、嫌だったのか足を縛られているにも関わらず、袋から出ている。
ん~どうしよう。

鶏を触ったままの手で出発したくなかったので、家の警備員に頼んで袋に戻してもらう。
「コケッ コケッ」と大きな声で鳴きながら暴れる鶏を、手慣れた手つきで袋に入れてくれた。

袋を提げて歩く分にはじっとしている。
乗り込んだタクシーは助手席だった。
ベナンのタクシーは助手席に2人乗るのが普通。
私は真ん中で運転手とおばちゃんに挟まれた。
当然、ぎゅうぎゅう詰め。
自分の大きな荷物を膝の上に乗せて、私のお腹に鶏を乗せる。

すると足元がおぼつかないのか鶏が羽をばたつかせて暴れ始めた。
両隣のベナン人に迷惑がかかると焦る私とは裏腹に、隣のおばさんが男前にかつ手慣れた感じで鶏を落ち着かせてくれた。

どうも、鶏は暑かったらしい。
袋を開けて顔を出させて、通気性を良くしたほうがいいとのこと。

このばたつきで私が鶏を連れていると知った運転手は、ニヤッとして一言「鶏か。」と言った。

その後、鶏は何度か暴れたり、ぐったりしてみたり、きょろきょろ見回してみたり、よだれみたいなのを運転手の袖口に垂らしてみたり、色んな動作を繰り返しながらタクシーで約2時間の道のりを過ごした。

その都度、おばさんが押さえてくれ、私自身もコツをつかんできて鶏の様子を見ながら、最後には暴れても落ち着いて対処できる自分がいた。

隣のおばさんは2時間もの間、タクシーが停車する度に窓へ駆け寄ってくる売り子から、あらゆる食べ物を買い、私の鶏が半分おばさんの膝の上に乗り、顔を出そうが何しようが、気にすることなくずーっともぐもぐ食べていた。

後ろの乗客も「ヨボ(白人)が鶏を連れている。」と噂すらすることなく普通に乗っていた。

運転手も、一言「鶏か。」と発しただけであとは鶏が暴れようがよだれを垂らされようが無関心で、渋滞にいらいらしていた。

やがて、同期隊員の任地に到着し、私は彼女に「鶏買ってきたよ。」と袋に入った鶏を、まるで野菜を買ってきたかのように普通に渡した。
そして、彼女も「ありがとう。」と普通に受け取った。

もし、これが日本だったら。

生きた鶏を袋に入れて歩くだけで、色んな人から奇異な目で見られるだろう。
それを持ってタクシーに乗ろうとすれば、乗車拒否され、運転手にとって間違いなくその日の変な客ナンバーワンとして同僚や家族に語られるに違いない。
鶏が暴れても、袋の外に出ても誰も助けてくれないし、鶏を扱うコツも誰も知らない。

生きた鶏を提げて歩き、鶏と一緒にタクシーに乗り、暴れる鶏を落ち着かせている自分、それをまるで茶菓子でも買ってきたように、普通に手土産として受け渡ししている日本人の私たちが滑稽で面白かった。

鶏を連れた自分を奇異な目で見ているのは、日本人の自分。

ベナン人にとってこれは、よくある日常のひとこま。

何気ない顔でベナン人と同じように振舞ってみても、日本ではあり得ない出来事の連続を受容できるようになっても、いつも日本人としての自分が客観的にその様子を見ている。

その違和感は大事な気がする。

ベナン人の習慣に合わせて、行動しているもしくは行動できるようになった自分に、優越感を抱きつつも、そんな出来事が増えるほど、日本にいた頃の自分と距離を感じ、日本に戻って適応できるか不安に感じる時がある。
帰国が近づくほどそう感じる。

その国を理解し、受容することは大切だが、この国で生活するには日本人としての自分もしっかり持っていないと、流されて自堕落な生活になりかねない。

約1年半ベナンにいてもベナン人にとって日常の出来事が、私にとって初体験のことがまだ沢山ある。
ベナンに馴染む自分を楽しみながら、もっと色んな事を体験したい。

そんな生活もあと半年。

niwatori

仕立屋

Couturierとはフランス語で仕立屋のこと。

正確に言うと、男性の仕立屋はCouturier
女性の仕立屋はCouturière

ベナンの人々が着る服はほとんどオートクチュールである。
店で既製品を買う方が高い。

ジーパン・Tシャツや、スーツなど普通の服を着ることもあるが、やはりアフリカ布で作った服を身にまとっている人がほとんど。
男性は少し丈の長い上着にズボン。
女性は肩を大きく出した上着に、足首までの長い腰巻スカートを着ていることが多い。
一般的には「ボンバ」と言われる。
oyako  bonnba


頭用には男性は帽子、女性は頭に巻きつける用の布もある。
そのセットを基本に様々な趣向を凝らしたデザインがある。

服1  fuku 2
屋外食堂や作業するときの服装

布は暑い国に適応して、洗っても乾きやすい綿。
結構しっかりしていて、しわになりにくくよれにくい。
アフリカらしく原色を多く使用し、幾何学や自然、生活用品まで色んな物をモチーフに実に様々な柄がある。
「かわいい」と思えるものから、何をモチーフにしたのか理解に苦しむ柄まで本当に様々だ。
gara
おもしろ柄 スプレー

gara2  gara
i-pot(着ている人はi-potを知らなかった) シャワー室


ベナンの人々は何にでもその布を活用している。
服はもちろん赤ちゃんのオムツ、ぞうきん、かけ・敷き布団、おんぶ紐、風呂敷、頭に荷物を乗せるためのクッションなどなど・・・。
女性は腰巻スカートのウエスト部分を小銭入れにしている。

ベナンに来るとまずその衣装に目をひく。
アフリカを感じることのできるものだと思う。


しかし、残念なことに私が仕立屋で作った最初の衣装はナース服だった。

布とデザインさえあれば何でも真似して作ってくれる。
布屋で布を購入し、仕立屋で計測と形をオーダーする。
と言うのが一般的な流れ。
布屋と仕立屋はセットになっていない。

一応カタログのようなものがあるが、雑誌の切り抜きでも、自分で書いた絵でも、とりあえず服のイメージを伝える。
色々イメージを伝えても、そこは楽天的なベナン人のこと。
仕立屋自身のアレンジを織り交ぜてくれるので、結局イメージ通りといかないことも多いが、自分の注文にアレンジがどんなふうに加えられているかは結構楽しみだったりする。
時に違いすぎて腹が立つことも・・・。

模様の組み合わせ方は、さすがに上手だ。

こうして自分だけのオリジナルの服が完成する。

仕立屋は至る所にある。
親が仕立屋だと、小さい頃から学校に行くことなく手伝いながら、手に職を付けていく子どももいるようだ。
よく子どもが手伝っている姿を見かける。

仕立屋は女性もいるが、男性も多い。
建物の一角だったり、トタン壁のバラックのところもある。
ドアがないので、道を歩けばすぐに分かる。
そこから、メジャーを首にかけた職人がカタカタミシンの音をさせている。
この音を聞くと懐かしい気持ちになる。

男性の仕立て屋さん  仕立屋2


年期の入った足踏みミシンで、調子よく縫い進めていく。

そして、炭で熱したアイロンを、水につけて温度調節しながら、布のしわを伸ばす。
炭アイロン

足踏みミシンはまだしも、炭アイロンは日本では見かけない代物である。
停電が多いこの国では、炭の方が実用的かもしれない。

縫製に使用している物はメジャー・型紙・ミシン・糸・針・はさみ・チョーク・机ととてもシンプルでどの道具も年期が入っている。
だが、出来栄えは既製品と何ら変わりない。

本当はこれだけの道具があれば、服は作れるのだと感心した。

当然仕立てが複雑になるほど値段は高い。
普通のボンバといわれる一般的なベナン服なら1,000CFA(約250円)程度。
女性の服は凝った形のベナン服にすると約8,000CFA~(約1,600円)
ちなみにナース服は上下(上着とパンツ)で6,000CFA(約1,500円)だった。

先日、久しぶりに服を作ってみた。
日本の服を見本に持って行ったので、そのまま上手に再現してくれている。
レースを使ったのでやや高めの3000CFA
saikinnnofuku

地方ではありえない値段かも。
でも、私はモノが良ければ、お金は惜しまない。
日本へ持って帰れることを意識して選んだ布だけど、実際帰国してみるとどうだろう。
今の私の感覚はマヒしている。
でも、柄の合わせ方は日本で作成しても、こんなにうまくはできないかも。

fuku3
同期数人とベナン服 色々仕立てで。

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