monologue de yoki-ta

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遥々ベナンへ

夫が日本からベナンに来てくれた。

日本からフランスまで12時間。
フランスで一泊。
フランスからベナンまで6時間。

飛行時間だけでトータル18時間。

自分の荷物は着替えだけ。
8割は日本食やそれ以外の私や友人から頼まれたもの。
重かっただろうに。

片言の英語で、わけのわからないフランス語圏によく来たものだ。

会うのは1年4か月ぶり。
5泊6日の滞在。
といっても、初日はベナンに到着するのが19時過ぎのため、ほとんどないに等しい。

電話やスカイプで連絡を取っていたものの、ベナンへ来る実感が湧かなかった。
というか湧かないようにしていたのかもしれない。

あまり楽しみにしても、帰国する時の落ち込みが怖かったので、努めて期待せず考えないようにしていた。


夫婦なのに会う前は何となく緊張した。
でも、その緊張が一気に吹き飛ぶ出来事が起こった。

ベナンへ入国の際に、パスポートを人質に職員から賄賂を求められたのだ!
パスポートを渡してもらわなければ、前に進むことはできない。
結局、夫が私のために日本から持ってきた貴重な某有名キャラメル一袋が犠牲となった。

もちろん、相手はとても喜んでいたらしい。
そうでしょうとも!
袋からキャラメルに至るまで、日本の精密かつ丁寧な技術で作られたものですもの。

そんな細やかさまで感じることなく、そして、ベナンにいる私がそれを待ちわびてきた気持ちも知らず、彼らはあっけなく口に放り込むことを考えると、憤りは尽きない・・・。

いつぞやの憤りがふつふつと蘇った。(任国外旅行ガボン参照)

キャラメルのことは別としても、ベナンという国の入り口で、こんなことが平然と行われていることは本当に残念。

それでどれだけ国の印象が変わることか・・・。


そんなこんなで、空港から出てきたときにはほっと一安心だった。

しかし、残念なことに夫のベナンに対する印象は最悪だったようだ。

そんなマイナスから始まったベナン滞在。
でも、それ以降は大きな事件もなく穏やかに過ごすことができた。

遠出をすることはなかったが、私を取り巻く人々に会ってもらい、私の住む環境を知ってもらって良かったと思う。

結局、最後まで夫と一緒にベナンへいることの実感が湧かないままだった。
いつも一人でいる家に、夫がいることがとても不思議だった。

でも、気がつけば私は、ベナンの家に住む準備をするとき、夫用のサンダルと2人分の食器を無意識に準備していた。
今思えば、たった5泊のためにと自分でもおかしくなる。

私の職場の同僚達は、夫のためにフルーツや飲み物を準備して歓迎してくれた。
何か月も前から「いつ来るのか?」と楽しみにしてくれていたのだ。

夫が来たことで、色んな人の優しさに改めて触れることができて良かったと思う。

今まで、日本に帰りたいと思ったことは一度もなかった。
私は、家族が理解を示してくれたおかげで、貴重な2年間をベナンで過ごす機会を得ることができた。
だからその分、大事に過ごそうと思って生活してきた。


夫が来なければ、その勢いで過ごしていたはずだった。

でも夫が来て以来、どうも里心が付いてしまったらしく、初めて帰りたいと思った。
今まで安定していた部分の気持ちが、揺さぶられたようだ。
予想していたものの、現実にそうなると自分でも戸惑った。

でも、家族が来るとそうなるものらしい。
私の反応は正常のようだ。

今は自分の気持ちをコントロールしようと、もがいている。
それも、私にとっては必要だったことで、夫が来たから感じることができたこと。

日本で色んなものを買いに走ってくれた家族や友人たちに感謝。
遥々ベナンへ来てくれたこと、たくさんの日本からの荷物を抱えてきてくれた夫に感謝。
今もなお、私の行動に理解を示し、見守ってくれていることも、もちろん感謝。

たくさんの感謝をみんなに捧げて、あと8カ月後には元気で帰国できるように頑張ります。




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コメント


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読みながらぼろぼろと涙が出るのは私だけだろうか。
2年いこうと思う、いけるかわからないけどいってみたい。
そういって告白されたとき、そして天王寺であった日のことを思い出す。

しかし何はともあれキャラメルで事がすんで良かったと思う。
ほんとあなたたち夫婦の愛情の深さには今でも頭があがらないよ。

みさと | URL | 2009年11月15日(Sun)20:57 [EDIT]


 

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