monologue de yoki-ta

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新病棟完成

私の活動先の母子病院は、日本からの無償資金協力を受けて、新病棟を建設した。
2008年着工し、2009年10月にほぼ完成した。
設計、工事監督などは日本の企業が行い、数百人のベナン人が労働力として雇われていた。

3階建て、新生児病棟と小児科病棟、検査室や陣痛室・分娩室などなど。

その開所式が行われた。
一部未完成な部分を残しながら、すでに稼働し始めていた。
今回全てが最終終了したため、正式な式が行われた。

前日には新病棟のためのミサが行われ、牧師さんによって聖なる水で建物全体が清められた。

当日は病院の正門に日本とベナンの国旗が掲げられた。
日本とベナン国旗

日本の大使を始め、多くの来賓。
来賓の方々

ベナンの踊りでセレモニーが始まる。
セレモニー

病院長や日本大使館の挨拶。
大使

新病棟内を見学。
新病棟中

新病棟の開所式には多くのベナンの報道陣が取材に来ていた。
それを利用して、病院の労働組合員がここぞとばかりにストライキのアピールを行っている。
ストライキアピール

この新病棟建設の際には、日本側とベナン側で役割が分担されていて、日本側の担当部分は予定通り完成していたが、ベナン側の部分は工事が滞りなかなか完成しなかった。
病棟と旧病院をつなぐ渡り廊下に始まり、電気・水道系統、酸素、ガスなどはベナン側の担当で、運営の基本となる部分が欠けていて稼働できない状態であった。

日本側が工事を急かしても、返事は良いが行動に移さない。
資金、技術などベナン国内での連携が取れず滞っていた面と、日本人との仕事に対する価値観の違いや、ゆったりした国民性が故に滞っていた部分がある。

結局、ベナン側のマイペースさが原因で建設が計画通りに運ばず、何とか納期に間に合うようにと、現地人労働者を増やし、夜遅くまで必死で作業せざるを得ない状況だった。
日本とベナンのコラボは問題が山積みでかなり大変だったと関係者から聞いた。

家族と離れ、高温多湿の気候の中、朝から夜遅くまで、現地人との価値観の違いに奮闘しながら、ベナンにはない技術で建築しなければならない日本企業の人々は本当に大変な仕事だと思った。

この建物完成の裏側には、日本人の沢山の苦労と日本人のペース、価値観に合わせて仕事をしなければならなかったベナン人たちの苦労が詰まっている。
新病棟正門


この病棟は建設だけでなく、各病室の冷房やベッド、滅菌器具、新生児用の保育器や光線療法用の機材、レントゲン、分娩台など様々な器具も日本側が準備していた。
新生児室

様々な機材


今の病棟は建物、機材ともにまだまだ使うことができる。
西アフリカ最大といわれる母子病院のため、国内では機材も十分揃っている。
でも、きちんとした使い方を指導されないため、すぐに壊れてしまうのが現状。
新しい機材に関しては、今後日本の業者が管理に関して定期的に指導・点検を行う予定となっている。

私の本音を言えば、今のベナンの現状に、本当にこの建物と機材は必要だったのかと思う。
物の提供より医療、看護知識や技術を底上げする方が先なのでは?

全て日本国民の税金であるということを、どれだけのベナン人が理解しているだろうか?
日本が財政難の中、捻出しているお金だなんて誰も知らない。
機械の技術が優れていて、働き者でお金持ち。
これが、ベナン人の日本人に対するイメージ。

ベナンを走っている車の多くは日本車で、教育を受けた人は天皇の名前も知っているが、彼らは日本人を見たことがない。
アジア人と言えば、ベナンに多大な援助を行い、住民も多い中国人が真っ先に出る。
日本の援助は顔が見えないとよく聞くが、確かにそうだと思う。

テレビでどのように放映されたのか知らないが、ストライキのアピールで消えてしまわないことを願う。

「建物は生き物だから、使ってくれないと廃れてしまう。」
病棟を建てた日本人スタッフの言葉。
私も同感。

多くの人々の苦労の末、日本の税金で建設された建物。
ベナンの新生児・乳幼児死亡率や、妊産婦死亡率の軽減のために有効活用してほしい。

日本からベナンへ

ベナン国と日本国の友好と協力のシンボルとして日本国民より寄贈

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